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2004.12.31

2004年のベスト3

夕凪の街 桜の国
こうの 史代


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 最近すっかりコミック作品を買わなくなってしまった僕が、発売を知って即座に購入したのがこの本。「夕凪の街」は雑誌で読んで衝撃を受けた作品なのだ。この本の発売は今年のコミック業界にとって、ひとつの事件だったのではないだろうか。地味な素材ながらインターネットを中心とした口コミで話題になり、あっという間に版元で品切れになったらしい。その後、文化庁メディア芸術祭マンガ部門で大賞受賞。それも納得できる。(→読了時の感想

華麗なる騙しのテクニック 世界No.1の詐欺師が教える
フランク・W・アバグネイル 高橋 則明


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 映画『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』(DVD)のモデルとなった天才詐欺師であり、現在は詐欺犯罪防止のためのコンサルタントをしているフランク・アパグネイルが教えてくれる詐欺犯罪のノウハウ集。詐欺師のための手引書としても使えてしまいそうだが、もちろんこれは、詐欺の手口を知ることで詐欺犯罪から身を守りましょうという本だ。アパグネイル氏が詐欺師稼業から足を洗ってから今日に至るエピソードは、映画の後日譚としても興味深いものがあった。映画を観て面白いと感じた人は必読。ついでに詐欺からも身を守れるかもしれません。(→読了時の感想

グノーシス―古代キリスト教の“異端思想”
筒井 賢治


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 キリスト教や新約聖書の成立を考える際、避けて通れないのがグノーシス主義異端の存在。その発生と発展、各思想の特徴を、わかりやすく解説した本。今までグノーシス関連については何冊も本を読んできたけれど、この本が一番わかりやすかった。まあこれまでの読書体験で下地が出来ていたせいもあるだろうけれど……。(→読了時の感想

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2004.12.29

ダ・ヴィンチ・コード (上)

ダ・ヴィンチ・コード (上)
ダ・ヴィンチ・コード (上)
ダン・ブラウン, 越前 敏弥

 ルーブル美術館で起きた殺人事件を発端に、キリスト教の歴史に秘められた重大な秘密が暴かれていくというミステリー小説。この「秘密」は上巻の最後のほうで明らかになるのだが、これがあまり面白くない。新約聖書正典の福音書を偽書と捏造だと断じ、逆にナグ・ハマディ文書などグノーシスの福音書をそのまま隠された歴史書だと言い切ってしまうあたりは、新約聖書正典の成立について多少なりとも知っている者から見れば噴飯もの。正典確立までに紆余曲折があり、そこに歴史から隠蔽された何かしらの出来事が数多く秘められているのは事実にせよ、それが「ピリポによる福音書」や「マリアによる福音書」に書かれているわけではない。

 「イエスは神ではなく偉大な人間であった」という主張は何十年も前からリベラルな聖書学者が行っているものであり、そこにマグダラのマリアとの結婚を持ち出さずとも聖書学の世界では既に確定した“定説”となっている。しかし人間であったイエスを「神」に祭り上げたがゆえに、人間イエスの教えはキリスト教として2千年に渡って命を保つことになったのだ。(ただしその教えはイエスを神とする信仰によって大幅に歪められてはいる。)そうでなければ、ローマ帝国支配下のパレスチナに現れた貧しいユダヤ人預言者のことを、2千年後のわれわれがありがたがる必要などまったくなくなってしまうのだ。イエスが結婚してその子孫が現代まで生きていると仮定するにせよ、それが「神の子孫」ならありがたみもあるが、「2千年前のユダヤ人預言者」の子孫がありがたいのか?? そんなものが2千年間地中海世界を支配してきたキリスト教を、根底から揺るがすものになるのか??

 つまり「ダ・ヴィンチ・コード」という小説が持ち出した「秘密」は、さほど目新しくもないし、衝撃的なものでもないのだ。秘密結社であるシオン修道会がマグダラのマリアやイエスについての秘密を守ってきたという話は面白いが、絶対秘密にしなければならないその秘密を、なぜレオナルド・ダ・ヴィンチが作品の中で暗号として明らかにする危険を冒しているのかという疑問も生じる。この本はダ・ヴィンチの「最後の晩餐」や「岩窟の聖母」に秘められた象徴に言及しながら、なぜダ・ヴィンチがそんなものを絵の中に描く必要があったのかについては沈黙している。

 暗号や象徴をちりばめた殺人ミステリーとして、この本がどの程度のレベルにあるのか、日ごろミステリーを読まない僕にはまるでわからない。しかしこの本が扱っている「キリスト教の歴史」というモチーフは、とてもまじめに取り合う必要のないレベルだと思う。(12/29)

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2004.12.28

ホンモノの文章力―自分を売り込む技術

ホンモノの文章力―自分を売り込む技術
ホンモノの文章力―自分を売り込む技術
樋口 裕一

 「文は人なり」「ありのままに書け」「自分の言葉で書け」といった作文教育の基本を蹴散らし、「文は自己演出なり」と言い切る異色の文章読本。庁舎は小論文指導に定評があり、これまでに何冊もの小論文指導書を書いているが、今回の本はそれを学生向けから一般向けに改めたもの。もちろん学生の小論文にも参考になるだろうが、就職の自己PRや志望動機の書類、文集への寄稿、新聞の読者欄への投稿、インターネット日記、手紙、絵葉書、メールの書き方まで、「型」を使って書き方を指南するスタイルはかなりユニーク。

 文章を書くには「型」を覚えてしまうのがいいという著者の主張に違和感や反発を覚える人もいるだろうが、じつはプロの物書きほど「型」の効用を知っているのではなかろうか。問題はその「型」をどれだけたくさん持っているかなのだが、残念なことに学校では作文に役立つ「型」をひとつも教えてくれない。プロのもの書きはそれぞれが独学で自分たちの「型」を身に着ける。僕も映画瓦版や雑誌の記事を書くときは、いくつかの「型」の中からそのときもっとも相応しいと思われる「型」を使って記事を書く。「型」があるからこそ、原稿をある程度の速度で書くことができる。そういう意味で、まず「型」を覚えよという著者の主張には共感できるところが多い。

 手紙やはがきは紋切り型の表現でかまわないが、そこに一言だけ自分の肉声を加えるというテクニックは、かつて名コラムニストの山本夏彦氏も述べていたこと。紋切り型でも心遣いは通じる。紋切り型だからこそ、そこに加えられた肉声が際立つ。こうしたことも、やはり学校では教えてくれないものだ。

 物書き家業で食っている身としては素直に肯けない部分もあるのだが、それでも「型を身に着ければ文章力は確実にアップする」という著者の主張はその通りだと思う。また人間は書く前に何かしらの考えがあるわけではなく、書くことで考えが生み出されるのだという主張も、まさにその通りだと思った。僕などは映画瓦版の記事を書くことで、その映画の評価が明確になるということがかなりある。

 自分の文章スタイルが確立している人は特に読む必要もないだろうが、それでも読めば「なるほど」と思えるところが多いはず。ネットの普及で誰もが文章を書く機会が増えてきている。作文に苦しむ学生だけでなく、多少なりとも文章を書く機会を持つ人は一度目を通しても損のない本多と思う。(12/28)

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2004.12.24

すごい言葉―実践的名句323選

すごい言葉―実践的名句323選
すごい言葉―実践的名句323選
晴山陽一

 名言・金言・警句・箴言・アフォリズム・定義などを集めた本は数々あるが、この本で紹介されているのは他の類書ではほとんど見られないユニークなものが多い。著者曰く『「すごい言葉」には二種類ある。すなわち、誰もが知っている「すごい言葉」と、私しか知らない「すごい言葉」の二種類だ。(中略)私が自分の手で丁寧に掘り起こし、ほこりをぬぐって、ひとつひとつ陳列台に並べたのが、本書の「すごい言葉」たちである』(はじめに)。

 この本に集められている言葉のいいところは、全体にユーモアがあるところだ。最後にジョークもいくつか紹介されていて確かにそれも傑作なのだが、それ以外の言葉たちも、どれも笑いに満ちているのがいい。読んでいて思わずニンマリすること請け合いなのだ。本書の冒頭「人生について」は以下のような「すごい言葉」で始まる。

 「人生は不治の病である」
 「人生はセックスによって伝染する病気である」

 全編かくのごとし。読んでいてついクスクス笑ってしまうような言葉があちこちに隠されているので、電車の中などで読むときには注意が必要。すべての言葉に英語の原文、もしくは英訳文が付いているので、英語を勉強している人にも便利かも。英語に興味のない僕は、すべて読み飛ばしましたけどね。(12/24)

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2004.12.21

テレビの嘘を見破る

テレビの嘘を見破る
テレビの嘘を見破る
今野 勉

[:グッド:] テレビ番組の製作現場にいる著者(テレビマンユニオン取締役副会長)が、テレビ・ドキュメンタリーで使用される様々な工夫や演出テクニックを披露しながら、社会的な非難を受ける「やらせ」の問題について考えを述べている。僕はこれを“テレビ・ドキュメンタリー”に限らず、映画も含めた「ドキュメンタリー作品全般」についての論考として読んだ。

 本の最初に、ドキュメンタリー制作の現場で普通に行われている撮影上の「工夫」と、社会的な批判を浴びる「やらせ」の境界線はどこにあるのかという話が出てくる。そこで語られている数々の「実例」がじつに面白い。有名人のインタビューで、インタビューアーの相づちを後から撮って編集でつなげる話が出てくる。これは映画『ブロードキャスト・ニュース』でも再現されているので、僕はそういうものだろうと知っていたけれど、知らない人はまず気づかないだろう。(『ブロードキャスト・ニュース』はすごく面白い映画なので、まだ観たことのない人はぜひご覧あれ!)

 僕自身何度かラジオやテレビ取材を受けた経験があるため、本の中で紹介されている「再現」や「演出」については、なるほどそうしたことは日常的に行われているだろうという実感がある。例えば僕は今年の2月に牛丼が消えるという日、いくつかのテレビ番組から取材を受けたのだが、その中には予め連絡を受けて牛丼屋まで出向き、下打ち合わせをした上でたまたま店を訪れた一般客として牛丼を食べ、コメントするというものがあった。テレビを見ている人には事前の打ち合わせがわからないので、たまたまテレビが取材をしているときに、偶然店に入ってきた客のように見えただろう。ニュース番組の中の特集コーナーは「報道」の範疇にはいると思うのだが、そこでさえこうした仕込み取材が行われているわけだ。

 テレビ・ドキュメンタリーというのはドキュメンタリー映画から発生した映像表現であり、この本の中でもドキュメンタリー映画についての言及が多く参考になる。欧米では「再現映像」がドキュメンタリーの正当な表現手法として認められているという話には、目からウロコが落ちた思いがする。ロバート・フラハティ、レニ・リーフェンシュタール、亀井文夫、市川崑などが、ドキュメンタリーの中でいかに「再現」を巧みに使っているかなど、知っている話も多いけれど、これをテレビ・ドキュメンタリーの「やらせ」と並べて論じるとかなり刺激的な内容になってくる。

 原一男の『ゆきゆきて、神軍』やマイケル・ムーアの『華氏911』など、日本の映画ファンもよく知っている映画のタイトルが出てきて、その問題点について語られている。本のタイトルは「テレビ」となっているが、これはドキュメンタリー映画を観るときのよい手引き書にもなるはずだ。(12/21)

ブロードキャスト・ニュース
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2004.12.13

懐かしい日本の言葉ミニ辞典

懐かしい日本の言葉ミニ辞典―NPO直伝塾プロデュース・レッドブック
懐かしい日本の言葉ミニ辞典―NPO直伝塾プロデュース・レッドブック
藤岡 和賀夫

[:しょんぼり:] サブタイトルは「NPO直伝塾プロデュース・レッドブック」。レッドブックというのは絶滅の危機にある野生動物のリストのことで、この本は『「絶滅のおそれのある」日本の言葉を何かに留めよう』(「はじめに」)という主旨で編纂されている。僕はこの手の「半死語」のような言葉が好きで、同じような本をこれまでに何冊も購入して呼んでいるのだが、今回の本はあまりにもレベルが低いという印象を持った。

 各見出し語の横に☆印のマークがあり、☆ひとつが「懐かしい」、☆☆ふたつが「超懐かしい」ということらしいのだが、これがあまり当てにならない。「お天道様に申し訳ない」や「罰が当たりますよ」「人さらいにさらわれるぞ」が☆☆なのは納得できるのだが、「お足許の悪いところ」「そりゃ殺生な」「現を抜かす」「爪に火をともす」「別嬪」「いなせな男」なども同じ☆☆なのは奇妙に思える。同じように☆☆の「時分時」「金棒引」「近所の鼻つまみ」「恋患い」なんて、少なくとも僕は使ったことがある言葉だ。これを「超懐かしい」と言ってしまう人は、単に言語生活が貧しいだけ何じゃないだろうか……。

 そもそも「チョ~なつかし~」なんて言葉で、若者層におもねろうという気持ちが嫌らしく感じられてしまう。単に「懐かしい」「すごく懐かしい(とても懐かしい)」でいいではないか。

 言葉の説明が不足、曖昧、誤りである例も多い。例えば説明が不足している例としては上記の「人さらいにさらわれるぞ」。これはさらわれた子供がサーカスに売られるということまで書き加えておくべきだが、職業差別になりそうで遠慮したのか。「鰯の頭も信心から」の「頭」に「かしら」と丁寧にルビを振るのはいいが、辞書によってはこれを「あたま」と読ませるものもある。「お手数ですが」も同じ。「てかず」とルビがあるが、これは「てすう」と読んでも間違いではない。

 解説の間違いも多いのだがその一例。「赤貧洗うが如し」の「赤」を「何もないこと」と解説し、加えて「赤ん坊の赤、赤心(せきしん・まっ白な赤)の赤と同じ」と補足するに至っては、この文章を書いた人は自分の書いた文が理解できているのかすら疑われる。赤ん坊は「体が赤みがかっているからいう(広辞苑)」のであって、赤心は「いつわりのない心。まごころ(広辞苑)」という意味。「赤」という文字にはいろいろな意味があって、「赤貧」の「赤」は確かに「何もない」という意味なのだが、「赤ん坊」や「赤心」とは同じ「赤」でも意味が違うのだ。

 見出し語によっては「ふむふむ」「なるほど」「そうだったのか!」という面白い読み物になっているのだが、ダメなものは本当にダメ。こうした歩留まりの悪さが、この本の価値をずいぶん下げているように思う。続編も購入しているのだが、う~む、あまり期待できそうもないなぁ……。(12/13)

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