グリフィス―ハリウッドに巨大な城塞(バビロン)を築いた映像魔術師
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1992年に発行された、「アメリカ映画の父」と呼ばれるD.W.グリフィスの簡単な伝記。「2時間で一気に読める伝記エンターテイメント」ということで、中身はひどく駆け足で、記述も資料に沿ったものというより小説に近い。登場人物の台詞は、ほとんどが著者の創作、もしくは複数の資料から自由に引用して作られた(再構成された)会話ではないだろうか。グリフィスの生い立ちから不遇な晩年と死までを大づかみに紹介している点では便利な本だが、グリフィスを人種差別主義者と一刀両断にしてしまうあたりは、テレビの伝記バラエティ番組「知ってるつもり」とさして変わらないのかもしれない。「アメリカ映画の父」としてのグリフィスには、もっと語らなければならない部分があるはずなのに……。
グリフィスが映画史のビッグネームになっているのは、単に『国民の創生』や『イントレランス』で長い映画を作ったからではない。彼はそれまでのサイレント映画の技法を集大成し、改良し、より発展させのだ。グリフィスに至って、映画の技法は完成したと言ってもいい。クローズアップやモンタージュ、カットバック、クロスカッティング(平行モンタージュ)などの技法は、グリフィス以前にも存在した。しかしそれらの技法はまだ思いつきのように使われていて、映画話法の中でどの技法をどんな場面に使えばどんな効果を生み出すのか、誰もはっきりとは知らなかったのだ。グリフィスはそれを整理して、映画で物語を語る方法を一気に進歩させた。その結果が、『国民の創生』や『イントレランス』といった作品につながっていく。
公民権運動が一定の成果を上げた後の価値観から、グリフィスの人種差別を非難するのは簡単だろう。確かにグリフィスは黒人を一人前の人間とは認めなかった。しかしそれは、当時のアメリカの一般的な価値観だったに違いない。当時のアメリカで黒人がどのように扱われたのかをまったく無視し、『国民の創生』の差別的な描写だけを非難するのは、グリフィスの評伝としてはバランスを欠いたものだ。グリフィスは1910年代のアメリカという地理的・社会的な制約の中で映画を作っていたわけで、彼がいかに偉大な映画監督だったとしても、そうした物理的制約から自由になることはできない。アメリカ映画はグリフィスの後も何十年にも渡って、先住民であるインディアンを西部劇の悪役にしてきたではないか。黒人が一般映画で主役になるのは、シドニー・ポワティエの登場以降のことではないか。そうしたことを無視してグリフィスを非難するのはアンフェアだろう。
もちろんグリフィスの生涯を描くには『国民の創生』について語らなければならないし、この映画について語る際は、その人種差別的な描写について批判的なコメントをしなければならないのは当然だ。しかしこの本の中では、グリフィスが映画史の中で果たした「功績」についてはほとんど言及しないまま、彼の「差別主義者」という側面には批判の追求をゆるめない。グリフィスのネガティブな面を描くなら、それ以上に映画技術の発展に寄与した、彼のポジティブな面にもしっかりと光を当ててほしい。
これが映画史の本ではなく一般向けの本だから、著者は「映画技法」などという専門的な部分をはしょって、人種差別というわかりやすい部分をクローズアップしたのだろうか? 著者のあとがきを読むと、必ずしもそうではなさそうだ。著者曰く『人権について、あらゆる差別について、改めて考えるために、今、D・W・グリフィスを語ることは、価値ある試みのひとつでしょう』とのこと。この著者は十分に自覚した上で、「人種差別主義者グリフィス」について書いている。人権運動家ならそれも結構。でもこれは「映画の歴史を語る」ことではないと思う。
本書の巻末に、川本三郎が「映画の父と帽子」とうい短文を寄せている。そこにはグリフィスの映画史における功績や、彼の映画人としての誇りが簡潔に紹介されている。いささか映画『グッドモーニング・バビロン』に頼っている部分はあるものの、グリフィスをポジティブに評価したこの短文の方が、映画史におけるグリフィスをより正確に写し取っているように感じる。
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