目からウロコのシナリオ 虎の巻
![]() | 目からウロコのシナリオ 虎の巻 新井 一 彩流社 2005-11 by G-Tools |
読んでいて気になる点がいくつかある。まず第一に、映画界で伝えられている名言や金言として著者が紹介している言葉の出典が、間違っているのではないかという疑問だ。例えば著者は松竹の故城戸四郎社長の言葉として「一筋、二抜け、三役者」という言葉を紹介しているのだが(P.103)、これはもともと牧野省三の「一スジ、二ヌケ、三ドウサ」が本当なのではないだろうか。また著者はこの「二抜け」の部分をシーンとシーンの間にある「明暗」や「対照」と解釈し、映画のメリハリのことだと解説しているのだ。これは少なくとも、牧野省三の述べた「ヌケ」(フィルムの現像技術=映像のヌケ)とは違う。しかし長年映画界で働いてきた著者が、こうした重要なことをまったく勘違いしているとも思えないので、ひょっとすると城戸四郎は牧野省三の有名な言葉を、自己流に再解釈していたということなのかもしれないけれど……。
著者の明らかな勘違いに思えるのは、豊田四郎監督が『雪国』(1957)のカットを会社から命じられて、「どこを切っても不完全になる。それでよけれどフィルムをタテに切りたまえ」と言ったというエピソード(P.185)。これは黒澤明の『白痴』(1951)のエピソードと完全に混同している。著者は『雪国』が上映時間4時間だったと言うのだが、『雪国』の上映時間は2時間14分。それに対して『白痴』の上映時間はオリジナルで4時間だったと言われているから、ピッタリと符合するのだ。
こうなると、著者が引用する他のエピソードや解釈もなにやら怪しげなものに見えてくる。例えば近松門左衛門の「虚実皮膜」を、著者は『事実と虚構の中間(皮膜の間)に人生の真実があるのだ』と解説する。虚実の間にあるのは「芸の真実」だから、それを「人生の真実」としてしまうと誤解を招きそうな気がする。ひょっとすると「月刊シナリオ教室」にこの記事が発表される前に、近松の演劇論について詳しい記事が載っていたかで、当時の読者にはこの説明で意味が通じたのかもしれない。でもそれならそれで、単行本化する際にきちんとそれを補う工夫は必要だろう。
全体としてはシナリオと映画(あるいはテレビ)について語った実践的好エッセイで、読んでいて今でもためになく部分は多いと思う。シナリオ・ライターを目指している人、映画やテレビに関わる仕事に就きたいと思っている人、映画をもっと楽しみたいと思っている映画ファンなどは、読めば必ず発見があるだろう。少なくとも僕は、読んでいて「ああなるほど」と思うところが少なくなかった。それだけに、著者の勘違いや思い違いを、まったく何の解説もなしにそのまま再掲載している(らしい)編者や編集者の姿勢がちょっと残念だと思う。
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