この本で面白いのは、字幕翻訳家と映画配給会社の綱引きや駆け引きを赤裸々に書いている部分だ。映画作品の意図をねじ曲げてでも、観客に感動を押し売りするかのような字幕を求める担当者たちと、できるだけ映画本来の意図を優先させようとする著者の攻防。(タイトルは伏せられているけれど、実話をもとにした映画ってのは『サルバドールの朝』のことかな。)映画の中に台詞がないのに、そこに無理矢理字幕を付けちゃう話とか、登場人物のちょっとした台詞を、勝手に気持ちをくみ取って超訳してしまう話とか、いかにもアリソウで苦笑いしてしまう。映画の字幕を作るのは確かに字幕翻訳家なんだけど、完成した字幕が配給会社の判断で勝手に直されてしまうことがあるとなると、下手くそな字幕があったとしても、それは字幕翻訳が悪いのか配給会社が悪いのか判断できませんな。
まあ字幕翻訳家を選ぶのも配給会社の仕事だから、字幕がヘボならその責任は配給会社にあるんだとは思うけどね……。
いわゆる禁止用語(不快語や差別語)の扱いについての話題もなかなか面白く読めたし、字幕版と吹き替え版についての話も面白い。ただしこの本、全体としてのまとまりはあまりない。個々の話題についても、映画に関係の深い話もあれば、まったく映画と関係のない話も出てきたりする。ものすごく面白い部分もあれば、ひどく退屈な部分もある。しかし映画を通して日々「日本語」と向き合っている著者の言葉には肯けるところも多く、読んでいて刺激にはならないけれど、「よくぞ言った!」と溜飲が下がる箇所も多い。
著者は字幕翻訳の将来にちょっと悲観的なことも述べているが、日本が映像輸入大国である限り、今後も字幕翻訳の需要はなくならないと思う。ただし労働環境は厳しくなりそうだ。字幕翻訳の仕事はなくならなくても、職業としての「字幕翻訳家」はかなり大変だろうと思う。この本の中にも、薄給で使い捨てられていく翻訳家の話が出てくる。学生アルバイトみたいな形で、映像字幕の仕事に係わる人は増える。しかしそれは素人に毛が生えたようなものであって、長い経験と技術に裏打ちされたプロの水準には達していない。若手のギャラは安く、志望者は多いので人材は使い捨てになる。日本人は相対として国語力が落ちている。配給会社の担当者が字幕の品質にこだわらなくなれば、 字幕翻訳の質だって際限なく低下していく……。悪循環だな〜。