書かれている内容では、映画ライターの仕事の実態や位置づけについてはまったく異論がない。しかし「映画評論家」や「映画批評家」と「映画ライター」がどう違うのかは、著者の中でまだ整理しきれていない部分があるように感じた。映画評論や映画批評という仕事が現在も存在し、それも含んだ形で映画ライターという職業が成立しているような書き方をしている部分もあれば、映画評論家や映画批評家と映画ライターは、仕事の種類がそもそも違うと書かれている部分もある。いったいどちらが、著者の本音なのだろうか。
僕自身は映画ライターという仕事を、映画作品について原稿を書いて生活している人……ぐらいにゆるく定義していて、その中には当然「映画評論家」や「映画批評家」が入るだろうと考えている。僕は自分で「映画批評家」を名乗っているが、同時に「映画ライター」として批評以外の仕事もしているわけだ。(たまに映画から離れた「フリーライター」にもなる。)映画評論家と映画ライターは別概念の言葉だとは思うけれど、これは「チワワ」や「シェパード」と「犬」という言葉の違いみたいなもので、後者の中に前者が含まれているという関係になっている……というのが僕の認識。そのためこの本の中で著者がしばしば、映画評論家と映画ライターを分離して語っている部分を見ると少し気になってしまう。
この本が「映画ライター」という言葉を使って、映画について記事を書く文筆業者の仕事の広がりや位置づけをかなり明確にしているのは大切なことだと思う。しかし「映画ライター」は、著者が定義するポジション以外にも存在し得るのではないだろうか? 映画ライターの役割のひとつが、映画会社と媒体の間を取り持つフリーのパブリシストである場合も確かにあると思うし、映画ライター専業で食べていこうとすれば、確かにそこが一番オイシイのは確かだろう。でも映画ライターという仕事は、決してそれだけではないとも思う。現に僕などはそのオイシイところと無縁に仕事をしているわけだし……。
この本で著者が提示している「映画ライター」という仕事の領域は、普通の人が「映画評論家」や「映画批評家」という言葉から連想するであろう領域よりもずっと広い。しかしじつは著者の提示した領域のさらに外側に、まだまだ未開拓の領域があるような気がするのだ。そこはなにしろまだ「未開拓」だから、どれだけの労力でどれだけの収量が上がるのかはまったく未知数。ひょっとするとどこかで大化けするかもしれないし、いつまでも不毛の原野なのかもしれない。でも僕自身は、どちらかというとそちらに興味があるんだよね。「映画」を起点として、どこまで自分の仕事を広げていけるかが、「映画ライター」としての僕のテーマかもしれない。
なお僕はこの本を著者本人から送っていただいたのだが、それはこの本に僕のHPの文章が一部引用されているからだ。引用された部分は本書の23ページに出てくる。どこがどう引用されたのかを知りたい人は、本を買って読んでいただきたい。