しかしながらこれは結論先に有りきで、同じ論法を使えばありとあらゆる問題を説明できてしまうような気がしなくもない。そう感じてしまうのは、この本(論文)が書かれた昭和初期の日本人相手ならいちいち説明せずとも備わっていた「いき」についての感覚が、現代の日本人である僕の中から既に失われているからかもしれない。この本が書かれた頃なら、「何がいきなのか?」については読者に説明しなくてもおおよそわかったのだろう。でも今はダメだ。何がいきで、何が野暮なのか、僕にはもうわからない。
「いき」の根本にある「媚態」「意気地」「諦め」の三要素が揃っていたのは花柳界であり、そこでは遊戯として擬態の恋愛が高度に発達することで「いき」の感覚が育まれた。「いきな話」と言えば男女の色恋の話だが、それが公然と語られる場所は色里だけだった。
遊里の女たちと客の男の間に恋愛めいた感情の交流が生まれても、それが実って正式な夫婦になることはまずありえない。花柳界の恋愛には最初から将来に対する「諦め」があり、その「諦め」を成立させるのが「意気地」だった。現代の日本にこうした感覚は存在しない。恋愛がまったくの自由になってしまえば、「意気地」を通して恋を「諦め」ることに何の価値も置かれなくなってしまう。
それでも恋愛経験が豊富な人というのは存在するわけで、そうした人は多少「いき」に通じているのかもしれない。例えば恋をしても決して結ばれない不倫の恋は「いき」なものだと思う。(ただし不倫の末の略奪愛は「野暮」である。)でも昔と違って、それがひとつの制度として社会的な認知を得ることはない。「いき」が育まれる場所を制度として失った日本において、「いき」という感覚はいずれ絶滅するに違いない。
かつて花柳界では、いい男に岡惚れ(片思い)をすることが女の格を上げるとうい感覚があった。岡惚れは「媚態」「意気地」「諦め」が三拍子揃っているがゆえに、恋愛の形としては非常に「いき」なのだ。しかしこの感覚は、もはや現代の日本には存在しないと思う。
日本にはかつて意気地を通すことを肯定する、やせ我慢の文化があった。諦めを肯定する、持たざるものの美学があった。貧しい日本人は自分の欲望を無制限に拡大できないがゆえに、我慢や無所有を肯定する「いき」という美意識を発展させたのかもしれない。その感覚を育成することに貢献した花柳界で働く女性たちの多くは、貧しい家庭を助けるために幼いころから芸事を仕込まれたり、借金で年季奉公を強いられていた。貧しさあってこその「いき」である。「いき」を語るには、現代の日本はあまりにも豊かになりすぎた。
外国の古典は次々に読みやすい新訳が登場するが、日本の古典は原文が日本がなので新訳ができない。しかし時代によって日本語も変化していくのだから、こうして日本語による古典を噛み砕いていくことは必要なのだと思う。