2008.04.09

タオ―老子

4480422676タオ―老子 (ちくま文庫)
加島 祥造
筑摩書房 2006-10

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 英訳された老子をもとに、かなり自由に現代語訳された老子。いろいろな書評などで話題になっていたので読んでみたが、確かに原文訓読に註が付いたものより、こちらにわかりやすさや親しみやすさを感じる人は多いと思う。ただし僕は、「タオ」という言葉がどうもオカルトっぽくて(ニューエイジっぽいのかもしれないけど)、生理的にダメだった。日本人は「道」という言葉を既に日本流にアレンジして受け入れているので、訳す段階で「道」ではなくて「タオ」にしなければならない理由もわかるのだ。でもやはりダメだなぁ。「道」に「タオ」とルビを振ってくれれば、また印象は違ったのかもしれないけど……。

 訳者というよりほとんど著者である加島祥造は、僕にとってレイモンド・ラニアンの短編小説を訳した人物。一人称口語体のラニアンの世界を、僕はこの人の本で知ることができた。全3冊のラニアン集は破棄してしまったけれど、文庫版の傑作集はまたうちの本棚にあるはず。アメリカ現代小説の翻訳者と、中国古典の結びつきというのがまず意外であったりするのだけれど、そのあたりの事情は雑誌に載っていた著者のインタビュー記事で知った。なんだかいろいろと、業の深い人ですなぁ……。

 アマゾンで検索すると、この人は最近、ほとんど老子だけで食ってるのね! すごいなぁ。図々しくも感じるけれど、うらやましくもある。

4022643315伊那谷の老子 (朝日文庫)
加島 祥造
朝日新聞社 2004-07-10

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2007.12.19

バルタザール・グラシアンの 賢人の知恵

4887595166バルタザール・グラシアンの 賢人の知恵
バルタザール・グラシアン 齋藤 慎子
ディスカヴァー・トゥエンティワン 2006-12-20

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 バルタザール・グラシアンという17世紀スペインの修道士が書いた本で、人生についてのさまざまな箴言・金言が書かれている。僕はこの手の金言集がわりと好きで、ビアスの「悪魔の辞典」とかラ・ロシュフコーの「箴言集」などはよく引用したりしてます。完成度という意味ではラ・ロシュフコーがいいですな。中国の故事成語なども、背景により大きな物語があって奥が深い。聖書も引用することがあるけど、こちらはご立派すぎてあまり使い回しがきかないのが欠点。で、バルタザール・グラシアンなのですが、僕は最初に本屋で立ち読みしたとき以上の面白さを、この本から感じることはできなかった。これはひょっとすると、訳文が問題なのかもしれない。

 バルタザール・グラシアンの本はこれまでにも何度か翻訳されたことがあって(参照)、それなりに広範囲な読者を獲得しているようだ。Baltasar Gracianで検索するとさらにぞろぞろと大量の本が出てくるから、人気があることはあるんだろうけど……。とりあえず今回の本は、訳文の調子がビジネス書みたいに素っ気なくて、金言・箴言・警句に不可欠なレトリックの妙味を味わうことができなかったのが残念。別訳で読むと、また違った感想があったかも。

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2006.12.18

ユングとオカルト

4061488414ユングとオカルト
秋山 さと子
講談社 1987-01

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 心理学者で精神科医でもあったユングの思想の背景には、古代から秘かに伝えられてきたオカルト的思想が横たわっている。グノーシス主義、ヘルメス思想、カバラ、錬金術、神智学や人智学まで……。この本はユングとそれらの思想の「接点」を解説するのではなく、ユングの背景にあるそうした諸思想を網羅的に紹介しているもの。ユング心理学の解説書にはなっていないし、かといってオカルト思想の解説書としても大雑把すぎる。

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2006.10.16

キリスト教は邪教です! 現代語訳『アンチクリスト』

4062723123キリスト教は邪教です! 現代語訳『アンチクリスト』
フリードリッヒ・ニーチェ 適菜 収
講談社 2005-04-21

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 ニーチェの「反キリスト」を、くだけた口調で超訳したもの。ここには堅苦しい四角四面の言葉にない生き生きとした勢いがあるのは確かだが、問題は勢いが先走って内容が置いてけぼりになってしまっていることだ。訳文は言葉の選び方があまりにも狭くて貧しく、同じような言葉が何度も何度も繰り返される。語彙の少ない中学生か高校生の口げんかのように、勢いのいい言葉で啖呵をきったまではいいがいいが、しばらくすると新しい言葉が出て来なくなって乱暴な言葉の堂々巡りになってしまうのだ。

 弱者に価値を置くキリスト教をデカダンスと断じ、仏教やマニ法典などの東洋思想を評価するニーチェの嗜好は理解できるのだが、細かなところは粗い訳文にまぎれて判断不能だ。ニーチェへの入り口としてはいい本かもしれないが、これでニーチェを読んだ気にはとてもなれない。

ツァラトゥストラ
ツァラトゥストラニーチェ

中央公論新社 1973-06
売り上げランキング : 25010

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道徳の系譜 ゲーテとの対話 上   岩波文庫 赤 409-1 ゲーテとの対話 下    岩波文庫 赤 409-3 カラマーゾフの兄弟 上   新潮文庫 ト 1-9 カラマーゾフの兄弟〈中〉

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2006.04.21

リメイク

リメイクリメイク
コニー ウィリス Connie Willis 大森 望


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 映画のほとんどすべてがリメイクと続編だけになってしまった近未来のハリウッド。そこではデジタル技術の発達によって、もはや生身の俳優すら必要なくなっている。往年の名作名画の権利をすべて有する映画会社は、往年の名作名画に、往年の名優名女優を新たにデジタル・キャスティングして新作として売り出している。映画の中にあるアルコールやタバコは、反社会的な中毒物質として画面から抹消され、それに合わせて台詞も改竄される。そんな時代を舞台にした、いつの時代も変わらぬラブストーリーだ。

 映画の中には数多くの映画タイトルが引用されており、場面や人物の描写も映画の一場面やキャラクター、俳優の名前などで例えられていることが多い。そのためこの小説は、映画に詳しければ詳しいほど楽しめる。特にミュージカル映画の知識は必須だろう。『ザッツ・エンタテインメント』シリーズを観ているのといないのとでは、この小説の面白さは天と地ほども違うはずだ。

ザッツ・エンタテインメント
ザッツ・エンタテインメントフレッド・アステア ビング・クロスビー ジーン・ケリー

ワーナー・ホーム・ビデオ 2005-11-18
売り上げランキング :

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ザッツ・エンタテインメント PART2 ザッツ・エンタテインメント PART3 雨に唄えば 50周年記念版 スペシャル・エディション 巴里のアメリカ人 雨に唄えば

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2005.12.25

銭形平次捕物控〈1〉平次屠蘇機嫌

銭形平次捕物控〈1〉平次屠蘇機嫌
野村 胡堂
嶋中書店 (2004/05)
売り上げランキング: 97,889
 少し前に最初の5巻をまとめて購入していた、嶋中書店の「銭形平次捕物控」傑作選。巻数が多いので最初は全集だとばかり思っていたのだが、中身は銭形平次三百数十余編からの抜粋でした。1巻に10話だとして、全部で40冊もあれば全集として完結しそうなものだけれど、さすがにそれは現在の出版事情で難しいのかもしれない。これが文庫本6巻で完結する「半七捕物帳」との違いなのだ。

 時代小説としての面白さは「半七捕物帳」の方がずっと上だろう。幕末に時代設定して江戸風俗を描いた岡本綺堂の姿勢は、やがて池波正太郎の「鬼平犯科帳」などにも受け継がれていく。「銭形平次捕物控」の面白さは時代を描く部分ではなく、主人公平次と子分のがらっ八による、芝居染みた言葉の掛け合いにある。トリックや謎解きで読者を楽しませるミステリー小説としても「半七」よりだいぶ整理されていて、架空の江戸時代(なんとなく文化文政)を舞台にしたエンターテインメント小説としては一級品だと思う。

 ただしこれをずっと読み続けることが面白いのかというと、どうなのだろうか……。僕はあと4冊手元に未読のものが残っているのに、「もういいや~」という気分も濃厚。雰囲気がわかればそれでいいという人は、読むのを数冊でとどめるか、他に出ている傑作選で構わないような気もする。とりあえず僕は、時間を見つけては5巻まで読んでみますけどね。案外そこまでいくと、独特の文体が癖になってさらに続きが読みたくなるかもしれません。

銭形平次―時代小説英雄列伝
野村 胡堂 縄田 一男
中央公論新社 (2002/10)
売り上げランキング: 391,923

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2005.11.10

文学理論

400026866X文学理論
ジョナサン・カラー 荒木 映子 富山 太佳夫


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 文学理論の簡単な入門書かと思ったら、これがなかなかどうして読みにくい本だった。この本は「まえがき」にある通り、『理論の流派をいちいち概説するよりも、そこに共通する問題や主張を論じる方が良い』というコンセプトで編集されているようなのだが、これが僕にはどうもピンと来なかった原因かもしれない。本文を読んでいても、どこまでが本題のための前振りで、どこからが本論なのか見えにくい。最後まで読んでも、その印象はまったく変わらなかった。

 訳文に原因があるのかもしれないが、原文にあたれないので責任の所在は不明。ただ単に、僕の頭が悪かったということかもしれないし、他の本に浮気して何度も何度も中断しながら読んだのがよくなかったのかもしれない。いずれにせよ、これは単なる時間潰しだけで終わってしまった。

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2005.10.07

預言者

4783401977預言者 ポケット版
カリール ジブラン 佐久間 彪


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 レバノン出身の詩人、カリール・ジブランの代表作。12年間にわたり流刑の身にあったひとりの賢者(アルムスタファ)が、流刑地で出会った人々に最後の言葉を残して故郷に戻って行く。人々はこの賢者に人生のさまざまな事柄について尋ね、賢者はそれに対して丁寧に答える。愛について、結婚について、子供について、苦しみについて、友情について……。そこで語られる言葉の、なんという美しさよ!

「結婚について」より

あなたがた二人は一緒に生まれた。それで、いつまでも一緒なのです。
共に過ごした月日を死の白い翼が散らしても、あなたがたは一緒なのです。
まことに、神の静かな追憶のうちでさえも、あなたがた二人は一緒なのです。
しかし、それほど一緒の二人のあいだにも、自由な空間を置きなさい。
そして、そこに、天からの風をそよがせなさい。

愛し合いなさい。しかし、愛が足枷にならないように。
むしろ二人の魂の岸辺と岸辺のあいだに、動く海があるように。
おたがいの杯を満たし合いなさい。しかし、同じひとつの杯からは飲まないように。
おたがいにパンを分け合いなさい。しかし、同じひつつの塊を食べないように。
一緒に歌い、一緒に踊り、共に楽しみなさい。しかし、おたがいに相手をひとりにさせなさい。
ちょうど、リュートの弦がそれぞれでも、同じ楽の音を奏でるように。
おたがいに心を与え合いなさい。しかし、自分をあずけきってしまわないように。
なぜなら、心というものは、あの生命の手だけがつうむもの。
一緒に立っていなさい。しかし、近づきすぎないように。
なぜなら、神殿の柱はそれぞれ離れて立ち、樫の木と杉の木は、おたがいの影には育たないからです。

 自分に関心のある項目を読むと、その言葉がすんなりと理解できる。でもわかりにくいものや、あまりピンと来ない部分もあって、それはまた、別の機会に読むと別の感慨があるのかもしれない。とりあえず半日もあれば簡単に読めてしまう本なのだが、今後も繰り返し読み返すであろう1冊だ。装丁がちょっとしゃれているので、プレゼントにしてもいいかも。

 草稿はアラビア語で書かれたそうだが、その後著者自身によって英訳され、幾度も推敲されたとのこと。初版は1923年。それ以来、30カ国語に訳されているという。英語版も簡単に手に入るので、詩人の言葉に生で触れたい人はそちらをどうぞ。

The Prophet (Wordsworth Classics)
1853264857Kahlil Gibran

Wordsworth Editions Ltd 1997-08-31
売り上げランキング : 71,632

おすすめ平均star
starあの「単なるphilosopher」ではなく、正に「prophet」と呼ばれたKahlilGibran
star人生をもう少し考えてみよう

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2005.08.26

文学部唯野教授のサブ・テキスト

4167181096文学部唯野教授のサブ・テキスト
筒井 康隆


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 「文学部唯野教授」のベストセラー化に合せて出版された、関連本(便乗本)の1冊が文庫化されたもの。それでももう1冊の「文学部唯野教授の女性問答」が版切れ状態なのに、こちらが今でも手に入るというのは、これの方が「文学部唯野教授」という本を理解するのに多少なりとも役立つからに違いない。

 全体は4部構成。最初は文学部唯野教授に100の質問をして、教授がそれに答えるという虚構インタビュー。このインタビューも後半に虚構の破れ目がわざと作ってあってスリリング。次は「文学部唯野教授」の種本であるテリー・イーグルトンの">「文学とは何か―現代批評理論への招待」を訳した大橋洋一による、著者筒井康隆の対談的なインタビュー。次がこの本の白眉であるパロディ論文「ポスト構造主義による『一杯のかけそば』分析」。最後は河合隼雄・鶴見俊輔・筒井康隆によるあとがきがわりの鼎談だ。

 薄いのであっと言う間に読んでしまうのだが、中身は結構面白かった。特に「一杯のかけそば」分析にはしびれる。(このテキストは「文学部唯野教授」でも引用されて二重のパロディになっている。)思い出したようにAmazonで「一杯のかけそば」を検索してみたのだが、栗良平のあのベストセラーが今では完全に絶版になって手に入らなくなっているというのもすごい! 唯野教授は生き残ったが、かけそばは死んだ。

短篇小説講義
4004301289筒井 康隆

岩波書店 1990-06
売り上げランキング : 53,820

おすすめ平均 star
star紹介されている7編の短編が面白い
star小説とは、何を、どのように書いてもよい自由な文学形式である

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2005.08.25

文学部唯野教授

4006020015文学部唯野教授
筒井 康隆


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 今から15年ほど前にベストセラーとなった筒井康隆の小説を再読。当時は読んでも引用されている文学理論や批評理論がさっぱりわからず、正直言って大学内部でのドタバタ騒ぎや主人公をめぐる色恋沙汰のあれこれ以外に面白さをさほど感じなかったのだが、今回は他の本で文学理論の上っ面を簡単に予習しておいたのがよかった。文学理論そのものを小説化するという面白さにはまり、あっと言う間に読み切ってしまった。

 ドタバタとしての面白さは講師昇進を阻まれた蟇目という助手が校内で狂乱し、教授たちが学校内でパニックを起こすくだりや、思いがけず文学賞を受賞してしまった主人公がマスコミから逃げ回るくだりだろうか。しかしこれらは同じ著者の「大いなる助走」とあまり変わらないような気がする。それより面白いのは、虚構の主人公である唯野教授が、自らの虚構性をたびたび暴露してしまう部分にある。小説の文章というのぞき穴を通して小説世界を目撃している読者に対して、その小さな穴を押し広げて主人公がこちら側にはみ出してくるような迫力。これは面白い。

 この本が15年前になぜかくも売れたり話題になったりしたのかはさっぱりわからない。当時は文学理論や批評理論が読書界や出版界のブームだったという面もあるけれど、それだけでこの本が売れるとも思えない。唯野教授の講義内容も、それなりに難解なものだしな~。

文学部唯野教授のサブ・テキスト
4167181096筒井 康隆

文芸春秋 1993-07
売り上げランキング : 8,721

おすすめ平均 star
starポスト構造主義パロディー
star文学部唯野教授にはまった人は必読!
star文学部唯野教授再び。

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2005.08.24

知の教科書 批評理論

4062582821知の教科書 批評理論
丹治 愛


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 批評理論の入門書で、内容を目次に沿って紹介するなら、批評理論の概要、読者反応論、精神分析批評、脱構築批評、マルクス主義批評、フェミニズム批評、ポストコロニアル批評、ニュー・ヒストリシズムとなっている。個々の項目ごとに著者を立て、それぞれが批評理論の解説と理論の実践を行っている。

 著者によって記述スタイルがまちまちなので、わかりやすく面白いものもあれば、そうでないものもあるというのは共著の抱える欠点。しかしこうして専門家が集まることで、各専門分野の最新動向が紹介できるというのは共著の利点でもある。

 なんにせよ僕がこの本で「批評理論は面白そうだ!」と思ったのは確かで、とりあえず読後の休憩として筒井康隆の「文学部唯野教授」を再読したあと、テリー・イーグルトンと「文学とは何か」にでも手を出そうと考えている。(じつはもうAmazonで注文してしまいました。)なんだか深みにはまりそうだけれど、どこかで本業の映画に戻らなければ……。

文学とは何か―現代批評理論への招待
4000028685テリー イーグルトン

岩波書店 1997-02
売り上げランキング : 29,213

おすすめ平均star
star文学の原理とは人間の「認識システム」からの派生物。
star現代思想入門としても十分読めます
star文学入門者のバイブル!!

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2005.08.12

批評理論入門―『フランケンシュタイン』解剖講義

4121017900批評理論入門―『フランケンシュタイン』解剖講義
広野 由美子


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 メアリ・シェリーの小説「フランケンシュタイン」を題材にして、古今の批評理論を紹介する本。全体は2部構成で、第1部は「小説技法篇」として、小説技法の分析を通した内在的なアプローチ、古典的な形式主義批評を紹介する。第2部は「批評理論篇」として、作品外部の世界観や思想潮流とからめた外在的批評の数々を紹介する。単に理論の骨子を紹介するだけでなく、その理論を使うとどのような言い分が成り立つのかを、「フランケンシュタイン」という実例を通して紹介してくれるのがわかりやすい。これは批評理論の入門書であると同時に、小説「フランケンシュタイン」に対するさまざまな批評を概観した本としても優れていると思う。

 僕は「映画批評家」を名乗っているわけだが、これまで特に「批評理論」を意識しながら映画について考えたことはなかった。でも数多くの映画を観ながら考えてきたことの多くが、批評理論の言葉を使えば簡単に説明できてしまうことを知った。自己流の言葉で苦心惨憺しつつ語らなくても、文学批評の方法がそのまま映画に転用できることは多いのだ。そして実際、多くの用語は文学と映画の世界で共通に使われている。例えばストーリーとプロットの違いや、平板な人物と立体的な人物といったキャラクターの違いは、脚本の入門書に必ず出てくることだ。

 映画を観ながら漠然と考えてきたことが、この本によって明確な言葉を与えられた気分。読者反応批評における「含意された読者」という概念は、映画についてもそのまま当てはまるものかもしれない。面白かったのは最後に紹介されている「透明な批評」という部分。映画ファンが好きな映画の続編を勝手に考えてしまったりするのも、じつは立派な批評行為らしい!

フランケンシュタイン
4488532012森下 弓子 Mary Shelley

東京創元社 1984-01
売り上げランキング : 11,858

おすすめ平均star
star深い話だ・・
starフランケンシュタイン

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2005.07.01

「いき」の構造

4061596276「いき」の構造
九鬼 周造


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 九鬼周造の代表作に、豊富な注と解説を施したもの。「いき」という現象や感覚を、外国には存在しない日本民族独特のものであるとした序説に続き、「いき」の構造を「媚態」「意気地」「諦め」の三要素に還元して見せたところで、この著書のおよそ8割は完結していると思う。あとはさまざまな方法でそれを論証したり、「いき」と言われるものがなぜ「いき」なのかを解説していくことに費やされる。

 しかしながらこれは結論先に有りきで、同じ論法を使えばありとあらゆる問題を説明できてしまうような気がしなくもない。そう感じてしまうのは、この本(論文)が書かれた昭和初期の日本人相手ならいちいち説明せずとも備わっていた「いき」についての感覚が、現代の日本人である僕の中から既に失われているからかもしれない。この本が書かれた頃なら、「何がいきなのか?」については読者に説明しなくてもおおよそわかったのだろう。でも今はダメだ。何がいきで、何が野暮なのか、僕にはもうわからない。

 「いき」の根本にある「媚態」「意気地」「諦め」の三要素が揃っていたのは花柳界であり、そこでは遊戯として擬態の恋愛が高度に発達することで「いき」の感覚が育まれた。「いきな話」と言えば男女の色恋の話だが、それが公然と語られる場所は色里だけだった。

 遊里の女たちと客の男の間に恋愛めいた感情の交流が生まれても、それが実って正式な夫婦になることはまずありえない。花柳界の恋愛には最初から将来に対する「諦め」があり、その「諦め」を成立させるのが「意気地」だった。現代の日本にこうした感覚は存在しない。恋愛がまったくの自由になってしまえば、「意気地」を通して恋を「諦め」ることに何の価値も置かれなくなってしまう。

 それでも恋愛経験が豊富な人というのは存在するわけで、そうした人は多少「いき」に通じているのかもしれない。例えば恋をしても決して結ばれない不倫の恋は「いき」なものだと思う。(ただし不倫の末の略奪愛は「野暮」である。)でも昔と違って、それがひとつの制度として社会的な認知を得ることはない。「いき」が育まれる場所を制度として失った日本において、「いき」という感覚はいずれ絶滅するに違いない。

 かつて花柳界では、いい男に岡惚れ(片思い)をすることが女の格を上げるとうい感覚があった。岡惚れは「媚態」「意気地」「諦め」が三拍子揃っているがゆえに、恋愛の形としては非常に「いき」なのだ。しかしこの感覚は、もはや現代の日本には存在しないと思う。

 日本にはかつて意気地を通すことを肯定する、やせ我慢の文化があった。諦めを肯定する、持たざるものの美学があった。貧しい日本人は自分の欲望を無制限に拡大できないがゆえに、我慢や無所有を肯定する「いき」という美意識を発展させたのかもしれない。その感覚を育成することに貢献した花柳界で働く女性たちの多くは、貧しい家庭を助けるために幼いころから芸事を仕込まれたり、借金で年季奉公を強いられていた。貧しさあってこその「いき」である。「いき」を語るには、現代の日本はあまりにも豊かになりすぎた。

 外国の古典は次々に読みやすい新訳が登場するが、日本の古典は原文が日本がなので新訳ができない。しかし時代によって日本語も変化していくのだから、こうして日本語による古典を噛み砕いていくことは必要なのだと思う。

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2005.06.14

僕が批評家になったわけ

4000271059僕が批評家になったわけ
加藤 典洋


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 僕は映画批評家を名乗っている。なぜ「評論家」ではなく「批評家」でなければならなかったのか。「評論」と「批評」はどう違うのか。そんなことをあれこれ考えた末に、現在は「映画批評家」という肩書にそれなりに満足している。で、この本は文芸評論家が、「批評とは何か?」について述べている本だ。

 僕はここに書かれていることの半分も理解できなかったのだが、それは面倒くさそうな引用文をあらかたすっ飛ばして斜め読みした結果でもある。どのみち映画批評に直接参考になるような本ではないので、僕は著者の言わんとすることが何となくわかればそれでいいかな~と思っている。で、そんなつもりでこの本を読むと、著者の問題とするポイントが、普段僕が考えていることと結構似通っていることに気づいたりもした。

 これは批評家や評論家が、みんな似たようなことを考えるということなのだろうか。それともたまたま、僕がこの著者の記述の中に自分を投影しているだけなのだろうか。そんなことを考えたりもする。

 Amazonの表紙写真によると、この本の表紙は青いカバーに文字だけということなのだが、書店に並んでいるときはその上にさらに、著者名の上に穴の空いた黒いカバーがかかっている。Amazonが見るところによると、これはカバーではなく「帯」ということらしい。そうなのかな~。

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2005.03.19

パンセ

パンセ
パスカル


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 「クレオパトラの鼻(162~163)」や「考える葦(347~348)」、さらに「力のない正義は無力であり、正義のない力は圧制的である(298)」などの言葉で知られるパスカルの警句集だが、これをラ・ロシュフコーの箴言集やビアスの「悪魔の辞典」のような箴言・金言集だと思って読むと、中盤以降は退屈な読み物になってしまう。そこで述べられているのは、パスカルという知性がいかなる方法でキリスト教信仰を信仰し、科学性や合理性と折り合いを付けていたかという信仰告白であり、キリスト教の真実性を合理的に論証しようとする神学的な試みだからだ。

 もともと「キリスト教弁証論」執筆のために書き溜めた草稿を、パスカルの死後に「死後遺稿の中に発見された、宗教および他の若干の問題についてのパスカル氏の思索(パンセ)」と題して出版したもの。もしこれが「キリスト教弁証論」として出版されていたら、現代までこれほど多くの読者を得ていたかどうかは疑問。思索の断片が固い言葉として固定化せず、言葉の断片が断片のまま放置されている状態だからこそ、人はそこに自由に自分の考えや意見を忍び込ませながらパスカルの言葉を読み解いていくことができる。

 「クレオパトラの鼻」や「考える葦」が人口に膾炙しているのも、「力のない正義は無力であり云々」という言葉がそっくりそのまま空手家・大山倍達の言葉にされてしまうのは、そうした「パンセ」の自由さゆえだろう。「キリスト教弁証論」という本来の趣旨を離れて、パスカルの言葉は自由に浮遊するのだ。(3/19)

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2005.03.15

鞍馬天狗

鞍馬天狗
川西 政明


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 アラカンの映画で御馴染み、大仏次郎の「鞍馬天狗」シリーズは、長短47編からなる時代小説だ。この本はその全作品を執筆された順番に紹介しつつ、正義のヒーロー鞍馬天狗が何人の敵を斬ったかを考察した第1部「鞍馬天狗と遊ぶ」と、大仏次郎晩年の作品「天皇の世紀」と対比しつつ、フィクションである鞍馬天狗を幕末から明治という現実の時代の中に配置していく第2部「鞍馬天狗の歴史観」とで構成されている。

 「鞍馬天狗」のガイドブックとして読むなら、第1部だけで構わないだろう。しかし「鞍馬天狗」を書きながら作者大仏次郎がいかに歴史と人間についての洞察を深めて行ったかを示す第2部こそが、この本の中で最も面白いものだと思う。大仏次郎の幕末・維新・明治観は、大正・昭和初期(戦前)・戦後と「鞍馬天狗」を書き進める中で大きく変化していく。歴史観の大きな変化は、そのまま鞍馬天狗というヒーローの人間的な成長となって作品に反映していく。尊皇攘夷と革命のために、敵の血を流すことに躊躇しない荒ぶる志士として登場した鞍馬天狗は、陰謀渦巻く歴史の中で、革命の大義と現実の狭間で苦しみもだえ、滅多なことでは敵を斬らなくなっていくのだという。

 「鞍馬天狗」はこれまでに何度も映画やテレビドラマになっているが、この本の第2部のように大仏次郎の「天皇の世紀」と「鞍馬天狗」を組み合わせることで、幕末から明治の日本を描く大河ドラマが作れるのではないだろうか。鞍馬天狗は激動する時代の中で右往左往しつつ、自分自身の生きる道を模索する狂言回しだ。鞍馬天狗の味方である薩摩の西郷隆盛(「鞍馬天狗」の中の西郷像)も、じつは陰謀によって倒幕を企てる狡猾な政治家としての側面を持っている(「天皇の世紀」の中の西郷像)。歴史の裏と表。本音と建前。革命の理想とテロリズム。そんな矛盾を一手に引き受けつつ、それでも目の前の敵を斬り伏せながら新しい時代に向かって進んでいかざるを得なかった男たちのドラマ。これまでにないまったく新しい幕末維新のドラマが、鞍馬天狗を通して描けるような気がする。(3/15)

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2005.01.02

おろかものの正義論

おろかものの正義論
おろかものの正義論
小林 和之

 神という絶対的な「正義」を失った現代人が、それでも「正しさ」を求めるとするならば、それはどういった「正しさ」になるのかを考察した本。これが正しいことだ、これが正義だと主張するのではなく、本を読んだ人たちそれぞれが「正しさ」について考え始めることを要求する本だ。

 社会の中の具体的な事例をもとに考えを進めようとする構成なので、取り上げられている事例によって読者の関心は異なってくると思う。個人的には6章「他人に迷惑をかけてはいけないか」、7章「選択の自由があるのはいいことか」、8章「暴力をどう管理するか」あたりが面白いと感じた。(1/2)

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2005.01.01

ダ・ヴィンチ・コード (下)

ダ・ヴィンチ・コード (下)
ダ・ヴィンチ・コード (下)
ダン・ブラウン, 越前 敏弥

 上巻を読んで軽い失望を感じつつ下巻を読み始めたのだが、エンターテインメント小説としては下巻のほうが多少面白くなる。それは上巻に書かれたレベルの低い「キリスト教の秘密」についての真相よりは、小説オリジナルの「殺人事件の真相」の方が“お話”としての真実味があるからかもしれない。

 複数の登場人物の一人称視点を次々切り替えていく、映画で言うカットバックの手法を用いる小説だが、この小説ほどその切り替えスピードがめまぐるしい本をこれまでに読んだことがない。ドラマのセットアップ段階にあたる上巻ではこのスピード感がかえってうっとうしく感じられ、「もっとじっくり腰をすえて読ませてよ」とも思ったのだが、下巻はひたすら追いかけっこが続くので、このスピード感がむしろ効果を上げているのかもしれない。

 ただし上巻の最後に出てきて僕を失望させた「キリスト教の秘密」は、この下巻でもまったく軌道修正されていないし、殺人ミステリーとしても僕自身はさほど興奮を味わうことができなかった。主人公たちが最後に脱出に成功することは、読者としてもあらかじめ予期していること。それをいい意味で裏切りつつ、物語を落着させるアイデアがもう少し欲しかった。(1/1)

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2004.12.29

ダ・ヴィンチ・コード (上)

ダ・ヴィンチ・コード (上)
ダ・ヴィンチ・コード (上)
ダン・ブラウン, 越前 敏弥

 ルーブル美術館で起きた殺人事件を発端に、キリスト教の歴史に秘められた重大な秘密が暴かれていくというミステリー小説。この「秘密」は上巻の最後のほうで明らかになるのだが、これがあまり面白くない。新約聖書正典の福音書を偽書と捏造だと断じ、逆にナグ・ハマディ文書などグノーシスの福音書をそのまま隠された歴史書だと言い切ってしまうあたりは、新約聖書正典の成立について多少なりとも知っている者から見れば噴飯もの。正典確立までに紆余曲折があり、そこに歴史から隠蔽された何かしらの出来事が数多く秘められているのは事実にせよ、それが「ピリポによる福音書」や「マリアによる福音書」に書かれているわけではない。

 「イエスは神ではなく偉大な人間であった」という主張は何十年も前からリベラルな聖書学者が行っているものであり、そこにマグダラのマリアとの結婚を持ち出さずとも聖書学の世界では既に確定した“定説”となっている。しかし人間であったイエスを「神」に祭り上げたがゆえに、人間イエスの教えはキリスト教として2千年に渡って命を保つことになったのだ。(ただしその教えはイエスを神とする信仰によって大幅に歪められてはいる。)そうでなければ、ローマ帝国支配下のパレスチナに現れた貧しいユダヤ人預言者のことを、2千年後のわれわれがありがたがる必要などまったくなくなってしまうのだ。イエスが結婚してその子孫が現代まで生きていると仮定するにせよ、それが「神の子孫」ならありがたみもあるが、「2千年前のユダヤ人預言者」の子孫がありがたいのか?? そんなものが2千年間地中海世界を支配してきたキリスト教を、根底から揺るがすものになるのか??

 つまり「ダ・ヴィンチ・コード」という小説が持ち出した「秘密」は、さほど目新しくもないし、衝撃的なものでもないのだ。秘密結社であるシオン修道会がマグダラのマリアやイエスについての秘密を守ってきたという話は面白いが、絶対秘密にしなければならないその秘密を、なぜレオナルド・ダ・ヴィンチが作品の中で暗号として明らかにする危険を冒しているのかという疑問も生じる。この本はダ・ヴィンチの「最後の晩餐」や「岩窟の聖母」に秘められた象徴に言及しながら、なぜダ・ヴィンチがそんなものを絵の中に描く必要があったのかについては沈黙している。

 暗号や象徴をちりばめた殺人ミステリーとして、この本がどの程度のレベルにあるのか、日ごろミステリーを読まない僕にはまるでわからない。しかしこの本が扱っている「キリスト教の歴史」というモチーフは、とてもまじめに取り合う必要のないレベルだと思う。(12/29)

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2004.10.10

現代倫理学入門

現代倫理学入門
現代倫理学入門
加藤尚武著

[:男:] 以前読みかけで放り出していた本だが、それは内容が難しくて歯が立たなかったわけではなく、僕が期待していた内容とは違ったからだった。これは「入門」と書いてあるけれど、むしろ読者に考える材料を提供するテキストなのだ。「こうした問題について、歴史上の思想家たちはこのように考えてきた」という前提があった上で、「だがこれには疑問がある」「現在の社会情勢には当てはまらない」として再度疑問を読者にぶつけてくる。そこから先は、読者本人が考えるしかない。知的パズルのような倫理学への入口までは連れていってくれるが、そこから先の一歩は読者自身が踏み出さねばならないというわけだ。つまりこれは「入門(門に入る)」のではなく、「門の一歩前まで」という本。我々の社会が当然としていることに、知的な揺さぶりをかけてくれる刺激的な本であることは確かなので、まあ読んでよかったとは思う。でも「なるほどそうだったのか!」という、目からウロコが落ちるようなカタルシスはない。(10/10)

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2004.08.31

アイアン・マン―鉄の巨人

アイアン・マン―鉄の巨人
アイアン・マン―鉄の巨人
テッド=ヒューズ, 神宮 輝夫, 茂利 勝彦

[:楽しい:] 映画『アイアン・ジャイアント』の原作だが、空から鉄の巨人が降ってくることや、ばらばらになった巨人がひとりでに合体する場面、主人公の少年の名前、鉄くず置き場が巨人の住まいになることなど以外は、映画がオリジナルのストーリーであることがわかる。映画はよかった。脚色した人たちに拍手だ。だがこの原作はひとつの完結した物語として、これだけで面白く読めるものだ。鉄の巨人の自己犠牲が世界を救い、最後は再び巨人がよみがえるという部分は原作にも通じる。ただし巨大なドラゴンが平和の歌を歌って世界に平和がやってくるというくだりは、映画を作った人たちにとってやはり嘘っぽく思えたのだろう。映画は原作より、現実に対してシビアなのだ。(8/31)


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2004.05.19

中島敦(ちくま日本文学全集)

中島敦
中島敦(ちくま日本文学全集)
中島 敦

[:嬉しい:] 購入したのはもうはるか昔。「名人伝」「山月記」「弟子」「李陵」など主だった小説はすぐに読んだが、読み残しがだいぶあったので改めて通読した。「巡査の居る風景」や「悟浄出世」「悟浄歎異」なども面白いのだが、やはりこの作家の代表作は最初に読んだ4つの小説に限る。(5/19)

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2004.02.22

老子 よく生きるための81章

老子―よく生きるための81章
老子―よく生きるための81章
瀬尾 信蔵

[:おばけ:] 97年1月11日付けの芳林堂書店・池袋本店のレシートがはさまっていた。購入直後に一度読み、今回は再読。最初に読んだ時も著者独特の「老子」解釈は気になったが、それは今回も同じだった。わかりやすく古典を敷衍していこうとする意図は感じるのだが、それがかえって原文の面白さを損ねているように思う。(2/22)

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