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2004.03.27

『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』

 映画の感想をコツコツ書き続ける。残り1本の段階で夕方。読み終わった本を図書館に返したかったのだが、外出の予定もあってちょっと時間がない。手土産を買おうと近くのレバフライ屋に行ったら、「1時間後に10本で終わり」と言われたため、今回はあきらめることにする。薬屋で現像済みの写真を受け取った後、肉屋で焼き豚を買ってこれをお土産にすることにする。

 地下鉄で麻布まで出て、Tさんのお宅で毎年恒例のミュージカル映画上映会。今年はドタキャンなども多くて参加人数はいつもより少なくなったのだが、部屋の大きさなどを考えるとこの程度が本当はいいのかも。数年前には部屋がすし詰め状態で、身動きが取れなくなったこともある。もともとはニフティサーブの映画フォーラムのメンバーだった人たちが中心の集まりで、フォーラム全盛期には他にもオフ会などでしばしば顔を合わせる人たちだったのだけれど、フォーラムが衰退した今となっては年に1度ここでしか会えない人も多くなってしまった。いつもならSさんがミュージカル映画のさわりを編集してくるのだが、今回は惜しくも欠席。ありもののビデオやDVDを観る。でも今回は、互いの近況報告や雑談が盛り上がったかも。何しろ年に1度しか会わないし……。

 ミュージカル映画の話を離れて、Tさんが暗黒舞踏の土方巽の話をはじめた。土方巽の業績や功績を否定するつもりはさらさらないが、その存在がすっかり神格化されてしまっているのはかえってバランスを欠くかも……という話。そこで石井輝男の『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』の話になった。「オークションで怪しいDVDを買って持っている」というので、まだこのカルト映画を見たことのない人から「見せてくれ」との声。で、見始めたら、これにみんなすっかりハマってしまった。土方巽のモノスゴサに負けない映画のモノスゴサに、皆がゲラゲラ笑っている。僕はずっと以前に大井武蔵野館でこの映画を観ていたが(当時の感想)、それでも改めて観るとやっぱりスゴイ。最初は土方巽の登場シーンだけを見るつもりが、結局ほとんど全部(主人公たちが島に到着して以降)を最後まで見てしまった。

 名残惜しいながらも、僕はここで帰宅。Tさん宅名物のもつ鍋、各人が持ち寄った様々な食べ物、帰宅直前に食べたキーマカレー、ビールやワインなどの飲み物類で、胃袋がはち切れそうなほど満腹。寝る前に体重計に乗ったら、出かける前より2キロ増えてた。留守電に明日のCSはキャンセルとのメッセージ。なんだ、これならTさんのところで一晩明かしてもよかったかも。でもそれじゃ胃袋がもたないか……。

 帰宅してから現像の上がった写真をパソコンに取り込む。今回は実験的に同時プリントと一緒にCD-R(KodakのPicture CD)への書き込みサービスを頼んでみたのだが、これは結構いいかも。コンタックスで撮影した映像が、そのまま1536×1024ピクセルのデジタル画像としてCDになるのだ。もちろんデジカメ撮影に比べればずいぶん割高だし、画素数もそれほど多くないのだけれど、コンパクトデジカメのちゃちなレンズより、やっぱりコンタックスの方が色の乗りがいいのは確かなのだ。

11:30 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2004.03.26

『キューティーハニー』はイイぞ!

 午前中に今日締切のメルマガ原稿を1本仕上げて入稿。じつはこの存在を、昨日の夕方まで忘れていたのだ。試写室の中で気づいて青ざめたよ……。

 映画の感想を少し書く。本当は午前中から試写を1本観ようと予定には入れてあったのだが、試写室まで遠いし、ちょっと億劫になってやめてしまった。これはまた後日、機会があれば観ることにしようと思う。次が(試写状によれば)最終になっているので、微妙といえば微妙なんですけどね。

 午後は京橋で試写を観ようと思ったら、これが試写室間違いでお目当ての映画はやってない。しょうがないのでしばらく銀座をブラブラ。天気がいいので「花見にでも行っちゃおうかなぁ」と思ったものの、気を取り直して試写状を再チェック。歩いていける範囲で2本ほど繰り上げられる試写があったので、今日はそれらを観ることにした。

 まずは3時半からTCCで『エージェント・コーディ』(ムービーアイ・エイタテインメント配給)というキッズ・スパイもの。これは面白かった。先行している『スパイ・キッズ』は小学生が主人公だったけど、こちらは中学生が主人公になっていて少し年齢が上。その分、内容もちょっぴりハードでシリアスなものになっている。007映画の中学生版なんだけど、アクションシーンのスケールや迫力は本家に負けてない。セットの美術なども、往年の007タッチ。最後は主人公が女の子といちゃついているところに、本部から電話連絡が入って……というパターンまで007をきちんと踏襲している。

 食事をしてからワーナーで『キューティーハニー』。これはすごく面白かった。映像的にはチープなんだけど、そのチープさも含めて「遊び」が感じられるのだ。観ていてすごく楽しい気分になってくる。続編作ってほしいなぁ。作ってくれよ。たぶん作るよね。こういうのは、続編作らなくっちゃ! 映画のあとはニヤニヤしながら有楽町まで歩いて、地下鉄で帰宅。

 「ナザレ派のイエス」を読了。1世紀のユダヤの習慣や諸宗派との思想的な比較など、面白いと思う部分もあるんだけど、やっぱりこれは著者である前島誠の個人的な「信仰告白」に過ぎないと思う。まず問題だと思うのは、福音書を生み出した各信仰共同体の思想的な偏りを無視して、聖書の記述をすべて歴史的な事実だとこの著者は考えているらしい。その上で自分に納得のできない部分については、福音書が成立した後代の加筆・改編・脚色・誤りだとする。

 イエスの誕生にまつわる物語も、死や復活のドラマも、福音書の記述はそれぞれまちまちで矛盾に満ちている。でも「ナザレ派のイエス」の中ではそうした矛盾に目をつぶり、すべての記述を適当に時系列に並べて、それがイエスの生涯だと言ってしまう。これは歴史研究ではなく「信仰」の世界でのみ成立すること。ユダの裏切り、イエスとマリアの確執などは、聖書の記述や他の聖書研究の解釈を大きく逸脱して、もはや「聖書をモチーフにした小説」の領域にまで達していると思う。この本のような解釈を「間違い」だとは言わない。そもそも聖書をもとにしてイエスの生涯をたどろうとすれば、それはどこかで「小説」になってしまわざるを得ないからだ。でもこうした「小説」を何の断りもなく記してしまうことは、聖書研究の本として逸脱しすぎていると思う。

 そもそもこの本を読んでもわからないことがある。それは、イエスはなぜ殺されたのかだ。イエスの活動や説教が、他のパリサイ派やハシディームの説教師とさして変わらないのなら、なぜイエスだけが逮捕されて無惨に殺されなければならなかったのか……。

10:12 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2004.03.25

「ナザレ派のイエス」の面白さ

 「ナザレ派のイエス」を半分ほど読んだ。この本は福音書の記述を、同時代に成立したユダヤ教の伝承をもとに豊かに肉付けしてみせる。1世紀当時のユダヤ人社会の様子などは、読んでいて「なるほどな」と思う部分も多い。でも同じぐらい「そりゃ違うんじゃないの?」と思うところも多かったりしてスリル満点。

 例えば有名な山上の垂訓の『義に飢え渇く人々は、幸いである、その人たちは満たされる(マタイ5:6)』を引き合いに出して、ここで言われている「義」を「貧者に対する施し」のことだと解釈するような例だ。これは面白い。マタイのこの箇所は「義に飢え渇く人々=正義を欲している人々=今現在不正によって苦しめられている人々」と解釈されるのが普通だと思うけれど、同じ説教がルカ6:21では『今飢えている人々は、幸いである、あなた方は満たされる』になっていて、「義」なんて言葉は最初からない。これは単なる経済的な困窮の様子を述べているに過ぎない。でもマタイの「義」を「施し」と読み直すと、マタイもルカも同じことを述べていることになるわけだ。

 ただしそれと同じ理屈で、『義のために迫害される人々(マタイ5:10)』まで解釈するのは、かえって何を言っているのかよくわからなくなってしまうのではないだろうか。これは「義」を普通に「正しいこと」と読み取る方がわかりやすい。「義のために迫害される人々」とは「正しいことをしたがために周囲から責めを負わされる人々」のこと。1世紀のパレスチナでも「正直者が馬鹿を見る」ということがまかり通っていたのだろう。それに対してイエスは、「正直者は馬鹿を見るかもしれないけど、そういう人たちこそ天国に入れるんだよ」と言っているのだと、僕は素直に解釈している。

 イエスの教団が病気の癒しによって信者を獲得していったのは聖書を読めば誰にでもわかることだけれど、その際に手にした「謝礼」が、教団の維持費用になっていたという指摘には目が覚めるような気がした。日曜学校育ちの僕は、これまで何となく「イエスは無償で患者を治療した」と思っていたのだ。

 ただ、どうしても腑に落ちない解釈も多い。イエスと母マリアの間に確執があったという断定など、僕にはどうしても納得できないのだ。しかもこれ、特にユダや的な解釈などではなく、著者が聖書を普通に読んでいて思いついた解釈のようだ。僕自身はこの著者とはまったく正反対に、むしろイエスは父ヨセフとの関係に何らかのトラウマを抱えていたと考えている。そのトラウマが核となり、実際の父との間では結べなかった父子関係の代償として、「天の父なる神」への絶対的な信仰が形作られたというのが僕の仮説。

 1世紀のパレスチナで話されていたのは「アラム語」というのが定説だが、「ナザレ派のイエス」の著者はイエスの使っていた言葉をヘブライ語だと言う。どちらが正しいのか、専門家ではない僕にはよくわからない。ただ「ナザレ派のイエス」という本は、ギリシャ語で書かれた新約聖書を当時の日常語だとされてきた「アラム語」ではなく、「ヘブライ語」に戻して解釈しようとしている本なのだ。だからこの著者の「仮説」を成立させるためには、何が何でもイエスの使っていた言葉が「ヘブライ語」でなければ筋が通らなくなってしまう。「義」を「貧者への施し」と解釈したりするのも、そうした「ヘブライ語による解釈」のひとつなんだけどね……。

 まぁ僕自身はクリスチャンではないので、聖書の読み方にいろいろな幅がある方が面白いと考えている。どうせ「絶対にこれが正解!」なんていう解答はないのです。だったら選択肢をなるべく多く用意して、その中から読者が自由に、自分の納得できる読み方を選べる方がいいんじゃないだろうか。残り半分、がんばって読もう。

 以下日記になるが、午前中は映画の感想文を少し片付ける。だいぶ追いついてきた。午後は試写3本。まずは京橋のメディアボックスで『家族のかたち』(クレストインターナショナル配給)というイギリス映画。ロバート・カーライルのダメおやじぶりを観ると、「やっぱりお前はそうでなくちゃね」とみょうに納得してしまうのはなぜだろう。2本目は松竹まで歩いて、ノルウェーとスウェーデンの合作映画『キッチン・ストーリー』。これは面白かった。

 食事をしてからギャガに移動し、ショーン・ペン、ナオミ・ワッツ、ベニチオ・デル・トロ主演の『21g』を観る。物語の流れをばらばらにほぐし、それを寄せ集めたような不思議な構成の映画。物語自体はかなり強引な部分もあると思うのだけれど、この「寄せ集め」の手法がミステリーのような味を生み出して、観客をぐいぐい映画に引き込んでいく。しかしこれ、出演している俳優が有名だからこそ成り立つ手法だと思う。無名キャストでここまで物語を解体してしまったら、観客は何が何だかさっぱりわからなくなるだろうに。

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2004.03.24

『CASSHERN』に複雑な気持ち

 「そして殺人者は野に放たれる」を読了。チャップリンは映画『殺人狂時代』の中で「人ひとり殺せば悪人だが、百万人殺せば英雄になる」と言った。だがこの日本では、人ひとり殺せば無期懲役、ふたり殺せば死刑だが、3人以上、殺した人数が多くなればなるほど無罪放免になる可能性が高まるらしい。誰もが同情するような切実な事情で人を殺せば重罰が科せられ、誰も理解不能な些細な理由や身勝手な言い分で人を殺せば無罪放免。これはもう、チャップリン映画以上のブラック・ユーモアだよなぁ。殺された方はたまったもんじゃない。

 昨夜書いた差し替え用の原稿を、メールで送りそびれていたことに午前中気づく。あわててメールすると同時に、スタジオに直接FAX送信。やれやれ。

 午後は試写を1本別日に移して、3時半からGAGAで『白いカラス』。結構混んでいたけれど、そんなに面白い映画とは思えなかったけどなぁ……。

 食事をしてから書店などで時間を潰し、7時過ぎに五反田のイマジカ第1試写室へ。7時半から紀里谷和明の初監督作『CASSHERN』の完成披露試写。ご存じ宇多田ヒカルの旦那様だが、1968年生まれだというからだいたい僕とも同世代か。原作となっているテレビアニメ「新造人間キャシャーン」をリアルタイムで見ていた僕としては、今回の映画にはちょっと複雑な感想を持った。

 まず映画の基本設定や意匠については原作アニメを踏襲していると思う。キャラクターの名前もポジションもほぼ同じ。ロボットのデザインがアニメ版をなぞっているうれしさ。キャシャーンのコスチュームはちゃんとアニメ版をアレンジしているし、腰のジェットで空も飛ぶ。ロボット犬じゃないけどフレンダーも出てきます。白鳥型ロボットは出てこないけど、ちゃんと白鳥型のオブジェが出てくる。ただ映画は中盤から、「新造人間キャシャーン」の世界を離れていく。これは「新世紀エヴァンゲリオン」じゃないの?

 まぁこちらは「仮面の忍者赤影」が『RED SHADOW 赤影』になってしまったという経験を持っているから、それに比べればこの『CASSHERN』は十分に許容範囲内。

 ところで今回の試写では、受付でプレスシートを配っていなかった。配っているのは小さなカードで、そこに印刷されたキーワードを公式ページで入力すると、プレス用のページにアクセスできるようになるという仕掛け。これはインターネットにアクセスできない人は、プレス用の資料にアクセスできないということ。これは結構、すごいことだと思う。

 帰宅したら郵便ポストにAdSenseからの小切手が入っていた。シティバンクに口座作らなきゃ。

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2004.03.23

ムービーストア on MONDO21

 午前中にメルマガの編集と配信手続き。その後映画の感想を書き始めるのだが、昼にはまるで間に合わない。午後は試写を2本ほど観る予定だったのだが、これは別日に回す。予約していた本が図書館に入っているという連絡を先週受けたのだが、取り置き期間が今日までなので大急ぎで取りに行く。予約していたのは日垣隆の「そして殺人者は野に放たれる」。ついでに前島誠の「ナザレ派のイエス」を借りる。これは映画『パッション』を観る前の予習みたいなもの。

 一度帰宅して映画の感想を少し書いたあと、テレビ番組のプレビューのために恵比寿のプロダクションへ。4月からCSやCATVで放送される「ムービーストア on MONDO21」という30分の映画情報番組。僕はこの番組の企画・監修を担当しているのだ。「映画瓦版」のテレビ版というのが作り手側のコンセプトなのだが、新作映画ではなく、主としてDVD発売されているセミクラシック映画を取り上げる。毎回「SF映画」とか「特殊メイク」などのテーマを決めて、それに合わせた作品を数本選び、さらにゲストを招いて作品について語ってもらうというのがメイン。他にも映画にちなんだショップを見て回ったり、映画業界関係者と会ったりするコーナーがある。グラビアアイドル風の女性タレントも何人か出演するなど、それなりに賑やかな番組です。

 今回は第1回放送分のプレビューだったのだが、「映画瓦版」の色合いはかなり濃くなっている。僕自身も5月か6月頃には、番組に直接出演することになりそう。じつは5月以降の作品ラインナップについて、MLの参加者に意見を出してもらったりしている。今後も「映画瓦版」とからめながら、番組の企画を進めていく場面が多いかもしれない。とりあえず9月までの放送が決まっていて、その後も「長い番組にしたいね」とスタッフ間では話している。

 とりあえず最初は素材の集めやすさという点からDVD中心の番組になるが、その後は新作映画も取り上げながら、より「映画瓦版」のテレビ版というカラーを強めていきたいと思っている。CSやCATVというマイナーな分野とはいえ、自分の“個人番組”を持っている映画批評家はそれほど多くないと思うよ。もちろん番組中の「映画コーナー」を担当している人は多いだろうけど、「ムービーストア」は丸々1本が僕の個人番組だもんね。

 プレビューのあとディレクターのTさんやプロデューサーのKさんと夕食。今後の番組のあり方や作り方の段取りなどについて話をする。帰宅は12時近かったが、プレビューで不具合が見つかった箇所の訂正原稿を作ってTさんに送る。

11:53 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2004.03.22

AdSenseの新機能

 ココログで作っている3つのサイトと映画瓦版に設置しているGoogle AdSenseなのだが、少し前に機能強化されて、広告ごとに「チャネル」を割り当てられるようになった。今まではAdSenseと一度契約すると、どのサイトのどのページに広告を貼り付けても、レポートページに表示される結果はその合算のみだった。つまり実際にどのページのどの広告がクリックされているか確認できなかったのだ。広告ごとにチャネルを割り当てると、それを別々に集計することができる。僕は数日前に、「映画瓦版」と「新佃島」「映画ニュース」「時代劇」というチャネルを作ってみた。今日あたりからその結果が出ている。

 このレポート結果を見る限りでは、ココログからはほとんど広告がクリックされていない。クリックされているのはほとんどが「映画瓦版」からだ。まだレポートを取り出してわずか数日だが、とりあえず現時点ではそういうこと。あまり差があるようなら、ココログからは広告を取っ払ってしまうことを考えてもいいかも。むしろココログからよくクリックされているのは、AMAZONの個別商品リンクだ。ただし同じAMAZONでもライブリンクはあまり効果がない様子。

 チャネルについてはまだデータを取り始めたばかりなので今の段階で判断を下してしまうのは早計だろう。僕のココログはそもそもアクセス人数が少ない。ココログプラスのアクセス解析を見る限りでは、1日の総ページビューは選数百程度。トップページへのアクセスはその半数だから、実際の読者数はそれのさらに半分だとして数百人ぐらいだろうか。以前から映画瓦版の10分の1というのが日記ページへのアクセス目安だと感じているので、この計測結果は当たらずといえども遠からずだと思う。

 同じアクセス解析を見ると、「映画ニュース 二番煎じ」「時代劇の今日この頃」はまだまだアクセス数が少ない。もっとも「映画ニュース」は自分自身のメモや控えのために作っている面がある。オンライン上で新聞の切り抜きを公開しているようなものだ。「時代劇」も同じようなスタンスだが、こちらはニュースの件数が少ないのでまったく作業は苦にならない。

 以下日記。今日は1日中仕事。午前中にT社から依頼されているメルマガの編集を終えて入稿してしまう。その後はA社から依頼のあった映画コラムの第1回原稿を書く。どんな媒体の仕事も、最初の第1回目というのは勝手がわからず苦労する。そんなわけで、小さな原稿ではあるけれど、これもかなり苦労した。自分では「これでよし」と思っても、編集者の狙いとずれていては意味がないので入稿時はおっかなびっくりだ。締切は明日だが早めに入稿。結果としては編集者も満足してくれて、これはこれで一安心。

 残りはメルマガと映画の感想か……。夜のうちにどの程度できるものか。

09:18 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2004.03.21

牛すじカレー再び

 午前中はCS。帰り道にNTTフレッツのキャンペーンに引っかかって、銀座通りの大型ビジョンに特製CMが流れることになった。そのためまっすぐ帰らず、昼過ぎまで銀座で過ごす。小腹が空いたので松屋銀座の地下でコロッケ買って、屋上で食べる。天気がよくて気持ちいい。問題の映像を見たあと、銀座のタパスタパスでパスタランチ。量が多くてちょっともてあます。コロッケ食べていたから当然か。再び松屋に戻って、牛すじ買って帰宅。

 眠さに負けて少し寝る。夕方起きて近くのスーパーでタマネギを購入。牛すじカレーを作り始める。今回は前回の反省もあって、より楽ちんな方法をとってみた。以下、レシピ。例によって調理には圧力鍋を使っている。

○材料
牛すじ肉 500g程度 (100g70円だとして350円)
タマネギ 大2個 (100円ぐらい)
ニンニク 2片 (ニンニクは丸ごと3個で100円ぐらい)
カレールー 大箱の1/2 (大箱1つが200円ぐらい)

○作り方
1.牛すじ肉を圧力鍋に入れ、ひたひたの水を入れて圧力をかけずに一度ゆでる。煮立ったらゆで汁を捨てて、牛すじをよく洗い、アクや汚れを取る。
2.鍋の内側をペーパータオルなどでぬぐってから(もちろん鍋を洗ってもいい)、1口サイズに切った牛すじとニンニクを入れ、かぶる程度の水加減でガスに火を付け、30分加圧。
3.ガスの火を切ったら、鍋の圧力が下がる間にタマネギをざく切りにしておく。圧力が下がったら切ったタマネギを鍋に入れ、さらに30分加圧。その後は自然に圧力が下がるまで待つ。
4.鍋のフタを開けて、ヘラでかき混ぜながら再加熱。タマネギやニンニクはバラバラに溶けて原型がなくなるはず。ここで上面に浮かぶ余計なあぶらをすくって捨ててしまう。
5.一度火を止めて固形のカレールーを割り入れ、再加熱してとろみが付くまでかき混ぜ完成。

 これでカレー5~6皿分の劇ウマ牛すじカレーができます。材料費は全部で600円かかってない。所要時間は全部で1時間半ぐらい。面倒くさいのは最初に牛すじを下ゆでする時ぐらいで、あとは鍋に材料を放り込んでとろ火で煮るだけ。キッチンタイマーがあれば、ずっと火のそばに付いている必要もない。テレビを見てもいいし、本を読んでもいいし、ビデオを見ていてもいい。基本的に鍋ひとつでできてしまうものなので、洗い物はそんなに出ないと思う。

 僕は前回半量を冷蔵容器で冷凍保存したのだが、今回は1食だけ食べたあと、残りは小さな冷蔵用バッグに1食分ずつ小分けして冷凍してしまった。これで好きな時に、牛すじカレーが食べられる。

10:46 午前 | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック