2014年9月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

« 2004年4月18日 - 2004年4月24日 | トップページ | 2004年5月2日 - 2004年5月8日 »

2004.05.01

「坊っちゃん」の時代

Photo Diary

 最近はブログの映画ニュースを拾い集めて、それに思いのほか時間がかかったりしている。そんなこんなで、午前中はパソコンの前に張りつきっぱなし。なんだかな時間の使い方があべこべのような気がしている。映画ニュースのクリッピングは、遠からず止めてしまうかもしれない。他に優先してやらなければならないことがあるはずだ、という漠然とした思いはある。ブログの記事に付いたコメントに返事を書いたりしているうちに、あっという間に午前中の時間は過ぎる。アニープラネットから『少女ヘジャル』のビデオ到着。先週観た映画の感想をまだ1本も書いていないというのに、早くも次のノルマがやってきた。明日は『名探偵コナン』を観に行く予定だし……。

 午後は郵便局に入金のために出向く。郵便ポストにGoogleからの3月分の小切手。これも今度入金しなくては。一度帰宅してから借りていた本を返すため図書館へ。そこで関川夏央と谷口ジローの「『坊っちゃん』の時代」5部作をまとめて借りてくる。鞄の類を何も持って行かなかったので、これを持って歩くのにちょっと難儀する。しかも帰りにスーパーで買い物なんてしているもんだから大変。サンマが安かったので5尾がパックになっているのをひとつ買ってくる。これは圧力釜で煮ると、骨まで食べられるのだ。他にも豚肉が安かったので買う。

11:44 午後 | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック

2004.04.30

『コンクリート』公開中止

Photo Diary

 快晴で気温もぐんぐん上がる。まるで夏みたいだ。昼頃新宿に出て西口の庄屋でランチを食べ、聖書書店のオアシスブックセンターで聖書カバーを購入。CSに持って行く小型聖書のためのもの。先日買ったものと同じデザインにした。購入してわかったことだが、カバーを付けると聖書は非常に読みにくくなる。聖書カバーというのは、週に一度、礼拝の時だけ聖書を開く人のための物だと思う。通読するなら、カバーなどないほうがいい。これはどんな本にも言えることだけど……。

 帰宅して少し昼寝。夕方起きてオンラインで銀行の振り込み手続きなどを終え、さらに現金を引き出すために近くのATMまで出向く。ATMの前は長蛇の列。連休の5月3~5日はATMも止まってしまうため、誰もが手元の現金を必要としているのだ。

 女子高生コンクリ殺人を映画化した『コンクリート』が、相次ぐ抗議の声に公開中止を決めたという。連休明けに試写を観るつもりだったんだけど、試写が中止になるという連絡は来ていないので、一応試写室に行ってみようかな。ビデオやDVDは発売するとのことなので、製作側がこの作品に自信を持っているならマスコミ試写は中止しないでほしいなぁ……。

 それにしても、この件に関して「表現の自由を守れ」「上映禁止を許すな」という意見をほとんど目にしないのはなぜだろう。世間から風当たりの強い、非常識で、反社会的で、破廉恥な表現を擁護するためにあるのが、表現の自由ではないか。映画の内容についてはさておき、映画監督協会などはこうした件について一言ぐらい抗議の声を上げるべきではないのか。

 映画界ではこれまでも、実在の犯罪をモデルにした実録映画が何度も作られているし、その中には映画史に残る名作や傑作も多い。『コンクリート』が「実際の事件を映画化するなどケシカラン」という理由で上映中止になるのだとすれば、今後は『裸の十九才』や『青春の殺人者』のような映画を誰も作れなくなってしまう。何をどう映画にしようと構わないじゃないか。『凶弾』『TATOO〈刺青〉あり』『復讐するは我にあり』『誘拐報道』などなど、実際の事件を映画化した日本映画はたくさんあるし、そのほとんどは犯人にも同情的な目を注いでいる。今井正の『真昼の暗黒』のように、裁判で死刑判決を受けた被告を弁護する映画だって作られているのだ。(この被告は後に無罪となる。)映画は殺人犯を弁護したっていい。観客が凶悪犯に同情したり共感するような映画があったっていいのだ。

 まあ、資本主義社会における「表現の自由」などというものは、しょせん「商業主義」の上に成り立つ物でしかない。『コンクリート』にどれほどの抗議があろうと、それを上映することで利潤が見込めるとなれば、映画会社はこの映画を何が何でも公開しただろう。上映中止を求める抗議の声に従うかどうかは、道義や社会正義という観点から判断されているわけではないのだ。東条英機を昭和史の英雄のように描いた『プライド/運命の瞬間』は、内外から大きな批判にさらされながらも公開されて大ヒットした。深作欣二の『バトル・ロワイアル』も、国会議員が上映中止にしろと騒いだことが宣伝になった。抗議の声は、場合によっては宣伝効果を生み出すのだ。でもそれは、映画にそれだけのパワーがあってのこと。『コンクリート』が簡単に公開中止に追い込まれたのは、抗議を宣伝に変えるだけのパワーを、この映画が持っていないと判断されたことを示している。

 『コンクリート』が『裸の十九歳』や『青春の殺人者』に匹敵する青春映画なのか、それとも実在の事件をネタにした見せ物趣味の猟奇ホラー映画に過ぎないのかは、実際の映画をまだ観ていない僕は何とも言えない。しかし映画を観る前から、映画を上映中止に追い込むことを躊躇なく「正義だ!」と考える風潮もどうかなぁと思う。映画が観たくなければ、自分が観なければいいだけの話ではないか。映画を観た上で「こんな映画はいかがなものか」と声を上げるのはまだいい。それは「映画批評」だ。でも映画を観る前から「上映を中止しろ」というのは、単に「俺が観たくない映画は上映するな」と言っているのと同じだと思うけどな。

11:33 午後 | 固定リンク | コメント(19) | トラックバック

2004.04.29

クリエでメール確認

Photo Diary

 昨日の疲れがまだ残っていてグッタリしているが、午前中に映画の感想以外の仕事は一通り済ませておく。これで連休中は、差し迫った仕事がなくなる。もっとも他にメルマガもあれば、テレビの打ち合わせなどもありそうだけど……。

 午後は新宿に出かける。高島屋タイムズスクエアのスタジオフレスコで昼食。パスタとピザのセットを取ったのだが、これは美味しかった。東急ハンズで通信ケーブルがちょうど入る大きさのピルケースを購入。大塚家具に立ち寄ってトイレを借り、三越と伊勢丹を見て回ってから、西口の福膳という居酒屋で夕食を兼ねて少し飲む。ここはあまり美味しくなかったなぁ……。

 外出先でCLIEとPHSを使ってメールのチェックができるようになったのだが、これがじつに便利この上ない。仕事の緊急連絡なども、これで定期的にチェックできるのはいい。仕事で使っているメールアドレスはホームページなどでも公開しているため、毎日100通を超えるスパムが送られてくるのだが、@niftyの迷惑メールフィルターで、そのうちの8~9割がブロックできる。これがなければ、とてもとても外出先でメールを受信などできないだろう。フィルターをすり抜けてくるスパムは、それでも毎日数十通。これくらいなら、いちいち手作業で削除してもそれほどの労力ではない。

11:13 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2004.04.28

1日5本の試写にヘトヘト

佃

 午前中から夜にかけて、1日で5本の試写巡り。まずは9時45分から東映で韓国映画『シルミド』。1971年に起きた軍人反乱事件の真相を描いた映画だが、内容的にはかなり脚色もあるのだと思う。でも登場するキャラクターがうまく描けていて、訓練シーンなどはじつに面白い。ただ、反乱が起きてからはもう少し脚本を練ってもよかったと思う。ラストシーンは『レイダース』。監督が「韓国のスピルバーグ」というのも納得。

 お昼の銀座では食事をするのが大変で、結局コンビニでサンドイッチを買って午後の試写がある映画美学校のホールで食べる。1時からはその映画美学校でシルベスター・スタローン主演の『ザ・ボディーガード』。これはダメな映画だった。ダメな映画を観ると、どっと疲れが出る。疲れを引きずったまま表参道のアウラスクリーニングルームでサーフィン・ドキュメンタリー『ステップ・イントゥ・リキッド』。これはいい。最高。サーフィン映画『ブルークラッシュ』のサーフィンシーンばかりを集めたような、迫力満点の場面が続く。

 東銀座まで出て京橋郵便局で現金書留の受け取り。日本映画テレビ技術協会から年会費と会員証発行手数料の返却。夕食を食べて映画美学校まで戻り、ユーロスペース製作配給の「映画番長」シリーズの第2弾「エロス番長」の参加作品2本を続けざまに観る。1本目は渡辺護監督の『片目だけの恋』。2本目は西村晋也監督の『ラブ キル キル』。どちらも面白かったが、帰宅したらもう10時過ぎ。さすがに疲れた。1日に映画5本なんて、1年にそう何度もない。

 帰宅してニュースを見たら、年金未納の閣僚がさらに4人。民主党の菅直人も未加入期間があったという。あ~あ、もうメチャクチャですな。たぶん他にもデタラメをやっている議員はたくさんいるに違いない。でも年金改革案は委員会を通過し、成立に向けて進み始めた。まったく国民をバカにした話だ。

 そもそも国民年金を含む基礎年金は20歳以上の国民全員が強制加入になっているはずなのに、「保険料を納めていないと将来年金が受け取れませんよ」という形でしか加入を勧められなかったのが問題なんじゃないだろうか。こういう形だと、「別の年金があるから国民年金には入らない」「年金など最初からあてにしないから加入する気はない」という人が出てきてもおかしくない。実際、国会議員は議員年金があるから、国民年金になど入らなくても困らないのだろう。国会議員の年金論議など、しょせんは他人ごとなのだ。

 そもそも議員年金はその成立理由からして法的根拠が希薄なように思える。「国会議員には退職金がない」と言うけれど、退職時の一時金と退職後の終身年金とではどちらが高額になるのだろう。勤続年数に応じて退職一時金を支払うかたちを作り、年金制度は廃止したほうがいいのではないか。年金は国民年金か、民間の年金保険を使うべきだと思う。

 「退職金がないから議員年金が必要だ」というのなら、議員年金の仕組みを他の「退職金がない」一般国民にも解放するのが筋だろう。例えば僕のような自営業者にも退職金はないぞ。僕も議員年金に加入させてくれ。議員年金は月々支払う保険料がかなり高額になるようだが(年額126万6000円だから、毎月10万5500円)、10年払えば受給資格がもらえ、しかも国民年金より断然年金の支給額が多い(最低でも年額412万円なので、月額34万円強)のだから、もしこの仕組みが一般に公開されれば、国民年金や厚生年金から議員年金に切り替えようとする人が増えるような気がするけどな。

 あと「年金保険料を払わないと将来年金が受け取れない」と言うのは、現在の若い世代に年金加入をうながす有効な言葉とはなっていないと思う。仮に年金をまじめに払ったとしても、それで受け取れる年金など月に数万円。それで生活ができるとはとても思えない。どうせ生活できないなら、年金など払わなくても同じではないのか。それに年金未納者が老後の生活に困窮した時、行政側はそれを「自業自得だ」と放置できるだろうか。結局は生活保護などで救済するしかないんじゃないの? だったら年金なんて払わなくても同じだよ。

11:12 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2004.04.27

釈然としないニュース

聖路加タワー

 閣僚3人が国民年金を未納もしくは未加入だった問題で、野党側から閣僚全員の年金加入状況を公開するように迫られた小泉内閣はこれを拒絶。福田官房長官は「それは個人のプライバシーでしょ?」とご立腹の様子だが、年金に加入しているか、年金保険料を納付しているかどうかは、プライバシー云々以前に、国民としての義務を果たしているかどうかという問題ではないのか。それに国民年金の保険料は収入が高かろうが低かろうが、どんな商売をしていようがすべて一律なのだ。閣僚が年金に加入しているか否かを問われた時、答はYESかNOかの二者択一でそれ以外にはあり得ない。なぜそれに答えられないのだろうか。

 記者会見で官房長官にこんな意味のない言い逃れをされて、「答はYESかNOだけですよ」と突っ込みを入れられない記者も情けない。どうせああした場所に取材に出ている記者というのは大手マスコミの社員記者で、自分の年金も健康保険も会社に任せっきりだから、国民年金の保険料が全国民一律だということに思いが至らないのだろう。記者会見をする方もバカなら、取材する側もバカだと思う。

 年金は積立貯金ではない。現在収められている年金保険料は、現在高齢者が受け取っている年金に回されているのだ。年金保険料を未納の人たちは、将来の自分の年金をどうこうしているわけではなく、今現在、年金の受給を受けている人たちに回す金を出し惜しみしているのだ。「将来受け取る年金が減るのだから、それがペナルティだ」というのは筋違い。そもそも政府は年金改革によって、将来の年金給付を減らすと言っているではないか。給付が減るのが何かのペナルティだとすれば、これはいったい何のペナルティなんだ?

 僕は年金の専門家ではない。毎月毎月まじめに国民年金の保険料を収めている、ひとりの加入者に過ぎないのだ。でも国会議員やマスコミの記者は、その素人以上に年金がどうなっているのか知らないらしい。この問題については、テレビの情報番組などでコメントしている人たちも、まったくトンチンカンな意見を述べていることが多い。国民年金の保険料未納率が4割近いことを取り上げて、「国民の4割が保険料を払っていない」と言っている人を見たこともある。あまりにも頭悪すぎるぞ。まぁ民法のアナウンサーもスタッフも、国民年金になんて加入したことないだろうしね。

 午前中にメルマガの編集と発行手続き。午後は銀行でお金をおろしてから散髪に出かけた。天気予報では今日は暴風雨だと言っていたが、期待(?)していたほどの悪天候でもない様子。W誌の原稿を書かなければならないのだが、なんとなくダラダラ先に延ばしている。そろそろやらなきゃ……。

08:43 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2004.04.26

朝鮮人名の表記について

永代橋

 朝のうちにメルマガの発行。その後、書かずに放り出していた映画の感想を3本書いてHPにアップロード。これに夕方頃まで時間がかかってしまう。時間がかかった理由は、ドキュメンタリー映画『花はんめ』のタイトルや劇中に登場する「はんめ」という言葉の意味を調べ始めたためだ。「朝鮮語 ハンメ」でGoogle検索すると、「はんめ」が「おばあさん」という意味の朝鮮語であることはすぐわかった。年配の朝鮮人女性に対して、何でもかんでもバカのひとつ覚えのように「オモニ」を連発する風潮がいささか気になっていたので、ここで「ハンメ」という語彙がひとつ増えるのは悪くない。ちなみに「おとうさん」は「アボジ」で、「おじいさん」は「ハルベ」というそうです。

 まぁこれだけ調べるなら2分もあれば済んでしまうわけで、どっぷり時間がかかったのはここからWEBの記事を読みふけってしまったからだ。読み始めたのは「歴史と国家」雑考というページ。在日朝鮮人の問題を中心にした記事なのだが、日本が朝鮮を植民地支配していた時に行ったという創氏改名や強制連行などについて、じつにわかりやすく解説してある。「在日朝鮮人は外国人である」「合理的な外国人差別は正当である」などという記事タイトルを見ただけで、ちょっとドキドキしてしまうのだ。「在日一世の家庭内暴力」という記事を見ると、映画『花はんめ』の背景を垣間見るようでもある。

 このページの記事とも関連するけれど、朝鮮人の名前を漢字で表記して朝鮮風に読ませることに僕は馴染めない。日本語の音訓では「盧武鉉」を「ノ・ムヒョン」と読むことはできないわけだから、もし朝鮮風に読ませたいのなら最初から片仮名で「ノ・ムヒョン」と書くべきだろう。あるいは片仮名の表記に漢字を添えて「ノ・ムヒョン(盧武鉉)」もしくは「盧武鉉(ノ・ムヒョン)」にするのが、日本語としては正しいし親切だと思う。新聞は見出しに使える字数を少なくするために、片仮名併記よりは漢字のみを好むのだろうけれど、それに全部が合わせる必要はさらさらない。

 韓国映画を観ていればわかることだけど、韓国でも人名表記はすべて表音文字であるハングルになっている。おそらく韓国人自身にすら、もはや漢字の人名表記は読めないのだろう。(もちろん本人や家族にはわかるだろうけど。)日本人ならなおさら読めない。読めなくていいのだ。このところ韓国映画やドラマが日本でブームになり、俳優や女優の名前がマスコミに登場することも多い。でもそこでは決して、名前を漢字表記にはしていない。外国人の人名表記としては、これがむしろ当然のことではないのか。

 中国人の名前は日本風に音読みしてもいいことになっているので、朝鮮人の名前ほどはややこしくない。中国の首相・温家宝の名はそのまま「おんかほう」と読めばいいし、台湾総統の陳水扁はそのまま「ちんすいへん」だ。もちろん現地ではこれらの名前を中国風に読んでいる。映画関係者の名前などは日本にもそのまま中国読みのまま入ってくるが、その場合は片仮名表記と漢字を併記する形式が一般的になっている。「チェン・カイコー(陳凱歌)」と片仮名を先に出すか、「張芸謀(チャン・イーモウ)」と漢字を先に出すかはその時次第。だが最近は片仮名を先に出すのが増えているように思うし、場合によっては片仮名だけで漢字がない場合もある。これは中国映画が海外の映画祭に出品する時、英語で資料を作るからかもしれない。英語の資料には当然、漢字の人名など併記していないのだ。

 あ、なんか話が脱線したが、話は『花はんめ』に戻る。僕はこの映画の資料を見ていて、この監督の名前が読めなかったのだ。「金聖雄」という名前は、いったい何と読めばいいのか? この映画のプレス用資料を作った人は、他の朝鮮名にはすべて振り仮名を振っているのに、なぜ監督の名前にだけは振り仮名を付けなかったのだろう。監督の母親の名前に振り仮名を振る前に、まずは監督本人の名前に振り仮名を振ってほしい。「金」は「キム」と読むようですが、「聖雄」はなんて読むのかね。音読みすれば「セイユウ」か「ショウユウ」になりそうだけど、朝鮮読みではどうなるのかさっぱり予想できない。少なくとも日本人向けに提出する資料で、人名表記が日本語の伝統的な音訓から外れるのなら、その時はきちんと振り仮名を振っておくべきだろうに。

11:08 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2004.04.25

教文館で聖書を購入

聖書

 午前中はCS。銀座のタパスタパスで昼食をとり、1時過ぎから教文館のキリスト教書籍売り場で聖書と聖書カバーを購入。少し重たいが中型聖書のハードカバーのものを選んだ。軟らかいビニールクロス装のものより、この方が長持ちするのではないだろうか。カバーを付けておけば何十年も持つはず。僕の本棚には中型の口語訳聖書があるが、これは記入してある日付に「1975.11.8」とあるから、かれこれ30年近く前のものだ。(正確にはもうじき29年。この日付にどんな意味があるのかさっぱり見当が付かない。当時は小学校3年生だった計算だけど。)

 この聖書にはフエルトのカバーが付いているが、これは当時通っていた彦根教会の牧師の娘さんが作ってくれたものだ。三姉妹のうち誰からもらったのかは覚えていないが、聖書を購入した同じ頃にプレゼントしてもらったものだろうか。カバーの表には可愛い犬のアップリケがアイロンでプリントしてあり、裏にはペパーミントグリーンの糸で「K.H」というイニシャルが刺繍してある。僕にとって口語訳聖書というのは、このフエルトのカバー込みで存在しているものだ。今後もこのカバーは捨てられない。

 せっかくなのでその聖書と、最近よく使っている聖書を並べて写真を撮ってみた。右側にあるのが手製のカバーが付いた75年購入の口語訳聖書。左側にあるのはCS用に購入した小型聖書と、調べ物などのために手元に置いてある軽装版のハンディバイブル。小型聖書はカバーがだいぶすり切れてきてしまったので、何かカバーを掛けた方がいいのかもしれない。

 僕はクリスチャンでもないくせに、本棚には他にも、文語訳聖書、岩波訳の新約聖書、旧約続編付と引照が付いた新共同訳聖書、成人式の記念に両親の教会からもらった文庫サイズの口語訳新約聖書、フランシスコ会訳の新約聖書、ものみの塔が使っている新世界訳聖書などが置いてある。新改訳聖書も欲しいけどまだ未購入。これだけ聖書が色々あっても、僕にとって古い口語訳聖書はやっぱり特別な存在になっている。今日買った聖書は、いつまで使われるのだろうか……。

 帰宅して少し昼寝。その後起きて、テレビ番組用のDVDリストを作ってディレクターとプロデューサーにメール送信。

11:00 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック