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2005.06.18

プロ野球交流戦終了

 今年から始まったプロ野球の交流戦が終わった。なんだか「やっと終わったのか」という感じ。1カード6試合は多いような気がする。出会い頭の面白さでペナントレースとは違うイベント的な面白さを狙うなら、1カード3試合でいいのではないだろうか。そこで負け越したチームは、「来年こそは!」と奮起すればよろしい。

 交流戦の改革案は幾つか出されているようだが、試合数を減らした方がいいという意見も少なからずある様子。しかし来年は試合数を減らさずに、前期後期に分けるという案もあるようだ。試合数が減らずにだらだらセパ混成試合をしていると、それは「交流戦」ではなく、実質的な「1リーグ制」なんじゃないのかな。あまり1カード6試合にこだわるようだと、それは1リーグ制への布石ではないかと勘繰られると思う。

 セパ両リーグで6チームずつあるわけだから、交流戦で総当たり6試合ずつだと1チームの試合数は36試合。これでは毎日試合をしても1ヶ月以上かかる。でもこれを3試合ずつ総当たりにすると18試合になって、1ヶ月ですべて消化できるようになるだろう。本当はもっと減らして、12試合ぐらいでいいような気もするけどね……。

 普段見られない試合が、特別に見られるのが交流戦の面白さだったはず。それが1ヶ月半続くと、特別なことも特別でなくなってしまう。交流戦の存在価値を高めるためにも、期間短縮は必要だと思うな~。

09:06 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2005.06.17

ホームビデオの時代

 『戦国自衛隊1549』を観た。映画自体は面白くなかったが、回想シーンの表現には「う~む」と考え込まされた。この映画では主人公の江口洋介が過去を回想する場面で、ビデオ映像を使っている。これに時代の変化を強く感じさせられたのだ。

 回想シーンを一目ですぐそれとわかるように演出する記号としては、現在をカラーにして過去をモノクロにするというものがある。今でもこの手法は頻繁に使われているはずだ。あるいは過去を8ミリで撮影したような粗い映像にすることもある。色調をセピア調にしたり、少し退色させたり、サイレント映画風に演出する手法もある。

 これらはすべて過去を表現するのに「昔の映像技法」を利用することで、他のシーンとの差別化を狙っている。映画やテレビがモノクロからカラーに移行したとき、モノクロ映像はそれだけで「過去」の記号となった。8ミリカメラの映像も、今ではなく明らかに「過去」の記号となる。しかし現代の若い観客にとって、モノクロや8ミリではなく、色のにじんだビデオ映像こそが「過去」の記号になり得るというのが、『戦国自衛隊1549』を作った手塚昌明監督の発想なのだ。

 家庭用ビデオカメラは1985年に登場した8ミリビデオで一気に一般に浸透し、それ以前の8ミリフィルムを駆逐してしまった。その後も自主映画の世界では編集の容易さから8ミリが使われていたようだが、1996年にDVが登場して、今では自主製作映画などの世界でもDVが当たり前に使われている。今どきの小中学生は、自分が生まれた直後から現代までの姿を、写真ではなくビデオで見て育っている。今や「過去」を記録したメディアの主流は、モノクロでも8ミリフィルムでもなくビデオなのだ。

 『戦国自衛隊1549』の回想シーン演出は、物心ついたときからホームビデオが身近にあった観客にとって、ごく自然に「過去の映像」として受け入れられるはずだ。逆にモノクロや8ミリ映画風の映像は、今や「過去」の記号として機能しにくくなっている可能性もある。

09:43 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2005.06.16

トマト寒天の効果?

 とりあえず3キロぐらい痩せたのですが、それがトマト寒天の効果なのかは謎。食べる量そのものが減っているのかもしれない。最近また胃の調子が悪くて、朝もご飯は食べなくなったしな~。

 最初は棒寒天を使って作ったトマト寒天ですが、粉寒天の方が楽なので、今は粉寒天で作っている。デルモンテの無塩トマトジュースをまるまる1本鍋にあけ、そこにちょっと水を加えて(ペットボトルの中にちょっと水を入れてゆすぎ、それを鍋の中に入れている)、粉寒天を2袋加え、かき混ぜながら火にかける。沸騰したら弱火にして1分か2分。あとは少し冷ましてから容器に流して固め、一口大に切って食べる。

08:56 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2005.06.15

やばいやばい

 読書日誌のメモがだんだん長くなっている。やばいやばい。あれは短いメモでいいのだ。ただでさえ時間がないんだから、書評みたいなものを書くのは避けなければ……。

 映画評を書くために映画を観る時間がなくなるというアベコベに、我ながら困っているところではないか。この上に書評もどきに時間をかけて、映画を観たり、本を読んだりする時間を減らしてどうする!

10:37 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2005.06.14

ココログのメンテナンス

 なんで真っ昼間にメンテナンスなんてするんだよ~。9:00-15:00なんて、もろに僕が使う時間ではないか!

10:21 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2005.06.13

ヘンな謝罪

 山口県の高校で3年生の生徒が隣の教室に爆弾を投げ込んだ事件で、事件の起きた学校の校長が、犯人の生徒に謝罪したのには驚かされた。犯人の生徒は学校の中でイジメを受けていた可能性があり、それに気づかないまま犯行にまで追い込んだのは申し訳ないということらしい。

 この校長コメントはテレビで見て「ヘンな話だな~」と思ったのだが、新聞などはあまりこれを報じていない。そんな中、地元の中国新聞が校長のコメントを細かく拾っている。(参照元

 光市の山口県立光高で十日午前、授業中の三年生の教室で起きた爆発事件で、同高の弘中幸雄校長(51)は十三日夜、会見し、傷害容疑で現行犯逮捕された三年の男子生徒(18)に対して「広い意味でいじめがあったかもしれない」と述べ、初めていじめの可能性に言及した。この日までの教諭らの聞き取りで「総合的に判断」したという。事件の背景の一つと考えられるものの「原因は何か分からない」と繰り返した。(中略)その上で「関係者はもとより本人に対しても、大変申し訳ない気持ちでいっぱいだ」「本人にこのような行動をとらせてしまったことは痛恨の極みだ」と、男子生徒に対しても謝罪した

 そもそもイジメがあったか否かすら、『広い意味でいじめがあったかもしれない』という可能性や推測のレベルとして語られているわけで、それが犯行動機なのかどうか『原因は何か分からない』という段階だ。それなのになぜ、爆弾で傷ついた生徒ではなく、爆弾を投げ込んだ生徒に対して『大変申し訳ない』と思ってしまうんだろうか?

 犯人の生徒は18歳だ。車の免許も取れれば、結婚して家庭を持つこともできる年齢ではないか。未成年ではあっても、もはや「子供」ではないだろう。なぜそうした生徒の犯行に対して、学校が『このような行動をとらせてしまった』と考えるのだろう。この校長は18歳の高校生を、ずいぶんと見くびっちゃいませんか?

 そこにイジメがあろうとなかろうと、爆弾を投げて他人に怪我をさせるのは悪いことだという「常識」が、この学校では通用しないらしい。犯人の生徒は警察での取り調べに対して、反省の言葉や態度を見せていないとも伝えられている。犯人が反省と謝罪の思いを口にする前に、本来なら被害者であるはずる高校の代表が犯人に謝ってしまうというのは理解に苦しむし、物ごとがなにかあべこべになってしまった異常さを感じる。

 それにマスコミもマスコミだ。イジメという原因さえみつかれば、犯人の高校生の異常な行動はすべて合理的に説明できるとでも思っているのだろうか。他の生徒からのイジメとされるものは、ちょっとしたからかいや嘲笑といった、どこにでもある日常茶飯の出来事ではないのか。もちろん犯人の生徒には、まだ報じられていない重大なイジメが加えられていたのかもしれない。しかし現時点でマスコミがイジメと報じ、校長が『広い意味でいじめ』と語っていることと、手製の爆弾を教室に投げ込むという過激な行動と結びつけるのは無理がある。

11:52 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2005.06.12

私は○○童貞である

 人間は生まれた瞬間に未知の世界に放り出され、その後は少しずついろいろなことを経験していく。未知の世界は少しずつ既知の世界に置き換えられて、知らなかったことや経験していなかったことが少しずつ減っていく。しかしそれでもどういうわけか、「これはまだ経験していない」という領域が離れ小島のように取り残されることがある。

 僕は運転免許を持っていないのだが(原付の免許すらない)、それもこうした「未経験の領域」のひとつかもしれない。でも免許がない人はまだざらにいる。しかし以下のような例はどうだろうか。

 僕はスキー場には行ったことはあるが、スキーをしたことがない。

 僕はボーリング場に行った記憶はあるが、ボーリングをしたことがない。

 僕はライターになって8年間、一度も営業活動をしたことがない。

 この3つは結構珍しがられる。こうした「未経験の領域」は一度でもそれを体験してしまうと「未経験」ではなくなってしまうので、いっその事これからもスキーやボーリングや営業活動をしないまま、一生純潔を守ろうかという気分にもなっている。

 なお僕は今まで性風俗店に行ったこともないのだが、これを聞いて「そんな男がいるとは信じられない」と言った女性がいた。男性なら誰もが知っていることだと思いますが、性風俗店に行かないし、行ったことがないという男性は結構いるもんです。一度行って「もういいや」という人は、その何十倍もいるでしょう。

 別にそういう人たちが「真面目」というわけではなくて、別のところで悪さをしていたりするんですけどね……。

11:48 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック