2014年9月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

« ユダによる福音書 | トップページ | 痴漢冤罪裁判 »

2006.04.09

ユダはイエスを裏切ったのか?

 「ユダによる福音書」の復元英訳というニュースと相前後して、mixiのクリスチャン・コミュニティで「ユダに関する考察」と題するトピックが立ち上がった。ユダの裏切りについては僕もかねがねいろいろなことを考えていたので、この機会にそれをまとめて書いてみた。


 歴史的な事実としてまず間違いのなさそうなのは、イエスの教団の幹部(「十二人」もしくは「使徒」と呼ばれるグループ)にイスカリオテのユダという男がいたが、彼はイエスの死後に再興された初代教会に参加しなかったということです。

 案外ユダは生きていたのかもしれません。しかし他の幹部が全員が初代教会のメンバーになったのに、ユダだけはそこから離れてしまった。これは初代教会のメンバーにとって、大きな裏切り行為に思えたことでしょう。



 僕はユダの裏切りという伝承が、「復活信仰」の成立と深い関わりを持っているようにも思います。

 イエスの逮捕と処刑をきっかけに、イエスの教団は一度バラバラになってしまうわけですが、ペテロをはじめとする教団の主要メンバーは「イエスは復活した」という信仰的確信によって再び集められ、新たな伝道活動を開始します。しかし生前のイエスを慕って集まっていた人たちのすべてが、復活信仰を共有したわけではないでしょう。教団のメンバーの中にも、復活信仰に納得せず、教団から離れてしまった人たちも多かったはずです。復活信仰をなかなか受け入れられなかったトマスの話は、復活信仰に懐疑的・批判的な人々が少なくなかったことを物語ります。

 ユダが自殺していなかったとすれば、おそらく彼はかなり早い段階で初代教会への参加を拒んだのでしょう。これが「ユダの裏切り」の歴史的真実ではないかと思います。初代教会のメンバーが恐れたのは、ユダが教団の外部から「復活信仰」を批判するようになることです。そうした恐れが、ユダに「イエスを売った裏切り者」という汚名を着せ、自殺してしまったことにした理由かもしれません。(教団脱退者であるユダを、誰かが実際に殺してしまったとも考えられます。初代教会にはアナニアとサフィラの夫婦のような、不可解な死を遂げた人物もいます。)

 ユダが初代教会への参加を拒んだ理由としては、復活信仰への不信以外にも別の解釈が可能です。それは彼が十二人の中でただひとり、ガリラヤ出身者ではなかったことです。他のメンバーがガリラヤという地縁血縁で結束していたのに対し、ユダだけはそれとは別にイエスの教団に参加したようです。イエスの死後、ペテロら教団幹部の多くは故郷ガリラヤに逃亡し、そこで復活のイエスに出会う経験をします。イエスの復活信仰が生まれたのも、初代教会が生まれたのもガリラヤでしょう。しかしユダはその現場に居ることができなかったのです。

 イエスの生前には結束していた十二人や弟子たちのグループが、イエスの死後に分裂し、ガリラヤ出身者グループとユダなどそれ以外の出身者グループに分かれたのかもしれません。

 イエスの逮捕直後にユダが自殺した可能性もありますが、その場合もっとも普通に考えられるのは、彼がイエスの後を追うように殉死したことです。あるいはイエスの逮捕直後にエルサレム市内でイエス教団関係者の摘発と吊るし上げが行われた際、他の弟子たちが散り散りに逃げ去る中で、ユダだけが運悪く熱狂する群衆に捕らえられ、リンチの末に殺されてしまったのかもしれません。もしそうなら、ユダはイエス教団における最初の殉教者ということになります。



 生前のイエスの教団がどの程度の規模だったのかは不明ですが、イエス教団の存在が当時の権力者たちにとって現実的な脅威に思えたくらいですから、それなりの規模を持つ集団だったはずです。十二人(十二使徒、十二弟子)と呼ばれるグループはその中の幹部ですが、彼らはイエス教団から派遣されて各地で伝道宣教したことがありますから、それぞれに少数ながら個別の弟子とも呼べる人たちを従えていたでしょう。当然ユダにも、彼直属の弟子たちがいたに違いありません。

 イエスの逮捕から処刑に至る混乱の中で、イエス教団の幹部十二人の中で唯一ユダだけが命を落としたのかもしれません。それが自殺だったのか、民衆のリンチによる殺害だったのかは不明です。ひょっとしたらその死体が、後に「血の畑」もしくは「血の土地」と呼ばれる場所に投げ捨てられたのかもしれません。しかしユダの弟子たちは生き延びたでしょう。

 その後しばらくして、初代教会はイエスが復活したという信仰によって再結集します。しかし指導者を失ったユダ系列の弟子たちは、この初代教会への参加を拒んだのかもしれません。彼らは復活信仰を批判し、イエス教団からの最初の離反者となります。これは初代教会にとって強力な批判勢力ですから、初代教会はこのユダ系の弟子たちを自分たちの周囲から排除しようとします。そこで考え出されたのが、「裏切り者のユダ」という物語だったのかもしれません。こうした物語の存在は、ユダ系の弟子たちを排除し、その批判から初代教会の信仰を守るのに大いに役立ったことでしょう。

 しかし上記の考察にはまったく根拠がありませんので、あくまでも想像の範囲内であり、小説みたいなものですね。まあ歴史の中では、こうした可能性も十分にあり得るということです。

 ユダの裏切りはすべての福音書に書かれていますが、これはユダの裏切りが歴史的事実であったことを示しているわけではありません。最古の福音書である「マルコによる福音書」が成立する以前に、イエスの受難について語った「受難物語」が成立しており、その中で既にユダに裏切り者としての役目が与えられていたのでしょう。

 受難物語はイエスによる最後の晩餐、逮捕、処刑死、復活までがワンセットですから、「復活」の物語を否定するものが受難物語全体の中で敵対者や裏切り者の役目を与えられたとしても不思議ではありません。イエスの死後にユダ本人やユダの弟子たちが復活信仰を否定していたと考えるなら、ユダが受難物語の中で裏切り者とされた理由にも十分納得がいくはずです。

 復活信仰を否定するということは、イエス教団の役割がイエスの死によって終了してしまったことを意味します。こうした考えに立ったグループは、時間と共に衰退していくしかないのです。かくしてユダ系の弟子グループはあっと言う間に歴史の中に埋もれてしまい、受難物語の中のユダだけが残されたかもしれません。

11:49 午後 | 固定リンク

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/4474/9518930

この記事へのトラックバック一覧です: ユダはイエスを裏切ったのか?:

コメント

コメントを書く