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2006.09.01

瞼の母

瞼の母 昨日『博奕打ち 総長賭博』の発売を知ってAmazonを検索していたら、加藤泰の『瞼の母』『沓掛時次郎 遊侠一匹』も発売されていると知って大喜び。しかし山下耕作の傑作『関の弥太っぺ』はまだのようです。加藤泰は『明治侠客伝 三代目襲名』も出てます。『瞼の母』は何度観ても泣ける大傑作。僕はこれらの映画を大井武蔵野館や並木座、あるいは新宿昭和館といった劇場で観ている。これらの名画座はどれも閉館してしまったけれど、それでも映画は残るのだ。

10:58 午前 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2006.08.31

サラバンド

 午後は映画美学校第2試写室で、イングマール・ベルイマンの新作『サラバンド』を観る。映画のほとんどすべてが、ふたりの人物の会話によって成り立っている恐るべき映画。それを一部の隙もない緊張感の中で見せきってしまう凄味。腹が減ったのでちょっと簡単に食事をしてから新橋へ。Kテレビのスタッフと、映画紹介番組の打ち合わせ。収録は再来週だ。夜は銀座でSさんと落ち合い、四丁目のライオンで久しぶりに飲む。途中から『Fragment』の佐々木誠監督も加わって映画談義。久しぶりに密度の濃い映画話に花が咲く。

10:22 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

博奕打ち 総長賭博

 三島由紀夫も絶賛した任侠映画の大傑作『博奕打ち 総長賭博』が、とうとうDVD化されます! 僕はもう予約してしまいました。映画瓦版の記事はこちら

10:07 午前 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2006.08.30

富司純子×寺島しのぶ

 午後は試写。ソニーでウェズリー・スナイプスのB級アクション2本立てを考えたのだが、ちょっと間に合いそうもないので東京駅下車。映画美学校で韓国映画『チャーミング・ガール』を観る。最初の郵便局の描写からイライラしはじめて、途中でもうウンザリしてしまった。普通の映画が5分で描写することを、この映画は30分かけて描く。もったいぶってあれこれ真相を後まわしにするくせに、出てきた真相はたいしたことない。もちろん登場人物本人にとってこれは大問題なのだが、観客にとっては予想の範囲内なので驚かないのだ。映画を観ながら観客が予想するものを裏切れないまま、映画は終わってしまう。

 2本目はメディアボックス試写室で『ダーウィンの悪夢』。アフリカのヴィクトリア湖で起きている「惨状」を描くドキュメンタリー映画。これはいろいろな意味で衝撃的であり、いろいろな意味で面白い映画だった。3本目は同じメディアボックス試写室で、富司純子と寺島しのぶの母子共演による『待合室』。これは「共演」と言っても、ふたりが同じシーンに登場することが一度もないのが残念。寺島しのぶの夫を演じたダンカンがよかった。

08:39 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2006.08.27

飲酒運転事故は殺人罪にしろ

 福岡県で飲酒運転の車が前の車に追突し、追突された車に乗っていた幼い子供3人が死亡する事故が起きた。以前ならこうした事故を起こしても「業務上過失致死」で済んでいたが、今回は3人が死んでいる重大性も加味して「危険運転致死傷」が適応されるかもしれない。ただしこれは“可能性”の問題であって、業務上過失致死になることも十分に考えられる。危険運転致死傷の場合、被害者死亡なら最高刑は15年。業務上過失致死なら最高でも5年の刑となる。いずれにせよ、人間3人の命を奪った罪の代償としては、あまりにも軽いものに思える。

 日本は車社会だから、そこには多かれ少なかれ事故が起きる可能性はあるだろう。それをいちいち厳罰にするわけにはいかない。自動車事故は、車に乗る人も乗らない人も平等に引き受けなければならない社会的なリスクなのだ。しかし飲酒運転は、そうした不可避のリスクとはまったく別物だ。飲酒運転や酒気帯び運転に対する罰則はもっと強化してもいいのではないか。危険運転致死傷など生ぬるい。飲酒運転には「殺人罪」を適応してもいいくらいだ。

 飲酒していないときに比べ、飲酒中の事故が多いのは誰もが知ることだろう。それを知りつつ酒を飲み、車を運転して事故を起こしたら、そこで行われているのは「未必の故意」による殺人や傷害や器物破損ではないのか? それは単純なうっかりミスや注意義務違反ではない。それは断じて「過失」ではないのだ。酒を飲んで車に乗るのは、それで事故が起きても仕方がない、事故で人が死んだり傷ついたりしても仕方がないという認識に基づいての行動だと解釈すべきで、明確に誰かを殺そうという意図がなくとも、「人が死んでも構わない」という意識はあったと判断すべきなのだ。犯罪としては、放火殺人などと同じようなものではないか。人が住んでいる建物に放火した場合、最高刑は死刑だ。飲酒運転についても、それに準じた罰が加えられてもいいのではないだろうか。

 しかし日本では、そもそも交通事故に危険運転致死傷が適応されるケースも少ない。今回の事件も運転手が泥酔でもしていたのなら別だが、そうでない場合は業務上過失致死での処分にとどまってしまうだろう。

01:35 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック