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2006.09.23

身体がダルくて……

 相変わらず体調が回復しない。今日の午前中は近くの体育館で少年柔剣道大会を見学してきたのだが、その帰り道にはぐったり疲れて、帰宅した途端、倒れるようにベッドにもぐり込んだ。3時間ほどぐっすり寝たのだが、目が覚めるきっかけはやはり咳。火曜日に医者から新しい薬を貰ってかれこれ5日飲んでいるけれど、症状にあまり改善は見られない。今も喉がヒリヒリと乾いたように痛む。今日明日は祝日と日曜で病院も休みなので、とりあえず月曜日にまた病院に行こうと思っている。

09:35 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2006.09.22

聖書 スタディ版

聖書 スタディ版 わかりやすい解説つき - 新共同訳 上製本(クロス装) 「聖書 スタディ版 わかりやすい解説つき - 新共同訳 上製本(クロス装)」をアマゾンで注文した。アマゾンのデータでは10月6日発売とのことなので、多分その前後にはうちに届くと思う。これは中身が同じでソフトカバーの「聖書 スタディ版 わかりやすい解説つき - 新共同訳 並製本(紙装)」というものもあるのだが、発売直後の特価期間は値段が300円しか違わないので、迷うことなくハードカバーを選んだ。来年4月以降は、ソフトカバーとハードカバーの値段の差が1,400円になる。たぶん日本聖書協会としても、今回はハードカバーを売りたいのだと思う。岩波の翻訳委員会役はハードカバーとソフトカバーで判型そのものが違ったのだが、今回の新共同訳スタディ版は判型自体は同じ。違いは表紙が固いか柔らかいかだけだ。ハードカバーの方が当然分厚くて重いのだが、こんなもの、どうせ最初から持ち歩いて読むようなものではないわけだから、頑丈そうなハードカバーの方がよかろうという判断。

 日本聖書協会がスタディ版の聖書を出すのはこれが3度目だ。最初は四福音書だけで編集された薄い冊子のようなものを、「聖書―スタディ版」として2004年3月に発売した。次は新約聖書全巻を収めた「新約聖書 スタディ版 わかりやすい解説つき - 新共同訳」を、同年7月に発売。これは現在も販売している。今回はいよいよ、旧新約聖書全巻を収めたスタディ版の集大成だ。

 海外ではスタディ・バイブルと称する解説付きの聖書がたくさん出ていて、僕もその中の何冊かを持っている。日本語でスタディ・バイブルの位置にあったのは、「新改訳聖書―注解・索引・チェーン式引照付」ぐらいか。(これも注文しようと考えている。僕は新改訳の旧約聖書を持っていないので、どこかの時点で1冊だけ購入するならこれでしょう。)新共同訳は他の日本語訳に比べても訳注などがあまりにも貧弱だったので、今回のスタディ版はようやく出たかという感じですらある。値段は高いけれど、聖書のオーソドックスな解釈と解説が、聖書本文と並行して簡単に読めるというのはありがたいかも。

 今後僕が期待している聖書は、フランシスコ会訳の旧新約聖書合本だ。「新約聖書」だけはもう随分前から合本になって出版されている。旧約も数年前に翻訳が終わっているので、いずれ近いうちに旧新約合本が出るはず。フランシスコ会訳は他の聖書に比べて注がしっかりしていて便利。ただし新約も出たのは1979年なので、多分今後新たに旧新約が出版される際は、訳文を再度見直すことになると思う。「イエズス」は「イエス」になるかもしれない。

 聖書なんて、買ったからといっていちいち全部通読するわけではないのだけれど、調べ物などには訳の違うものを何冊か持っていると便利ではある。

4820232320新約聖書 スタディ版 わかりやすい解説つき - 新共同訳
日本聖書協会 2004-07

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09:11 午後 | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック

月世界旅行

 映画史の授業で、ジョルジュ・メリエスの映画と、彼と同時代の映画作品ばかり30本ぐらいをまとめて観る。シアタールームの大型プロジェクターを使用するので、ちょっとした映画館と同等の大画面だ。しかし「月世界旅行」や「大列車強盗」を大スクリーンで見られる幸福が、はたして生徒たちにどの程度伝わっているものなのかは疑問。生徒のほとんどにとって、この機会を逃したらおそらくは今後一生観る機会がない作品ばかりだと思うけど、上映が終わって明かりをつけると、生徒の3分の1ぐらいが寝ている。特に今日は午後がひどかった。食事のあとで、眠くなる時間ではあるんだけどね。

08:14 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2006.09.21

ディズニーのDVD到着

ディズニー アーリー・クラシックス・コレクション (完全予約生産) 午前中は学校で映画批評の授業。今回は体調不良もあってまったくの準備不足。授業はだらだら喋るばかりでメリハリに欠け、生徒を飽きさせてしまったようだ。今回は体調最悪で、授業中にもかかわらず講師である僕がトイレに駆け込むというありさま。大きな声は出せないし、微熱続きで考えもよくまとまらないし最悪だ。体調不良はもう3週間も続いているので、2学期の授業が始まってからそもそも体調が良かったことがない。映画批評の授業については年間カリキュラムの構成についても大いに再考する余地があるのだが、それは来年以降の話。まずは今年の授業をきちんとやらないと、来年は授業がなくなってしまう。

 帰宅してしばらくベッドで横になっていたのだが、そこにアマゾンに注文していた「ディズニー アーリー・クラシックス・コレクション」が大きな箱で到着する。早速箱を開いたものの、実際にこれを観るのはいつのことやら。ヒッチコックもマリリン・モンローも黒澤BOXもグリフィスもアステア&ロジャースも、買ったままで放り出しているもんね。でもディズニーのDVDはいつだって限定発売なので、こうした機会に昔の名作をまとめ買いしてしまうのも悪くはあるまい。個人的には『リトル・マーメイド プラチナ・エディション』も欲しいな~と思っているけれど……。

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07:51 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2006.09.20

「映画の学校」終了

 相変わらず体調が悪い。昨夜はまた寝ている最中に咳の発作が起きて呼吸が止まったし、今日は午前中にもひどい咳で息が止まり、目を白黒させながらのたうち回る羽目になった。昨日医者から貰ってきた新しい薬が、はたして効いているのかいないのか、さっぱりわからない。それでも仕事はある。原稿書きはまだしも、講義で喋るのは正直辛い。でもしょうがない。今日は六本木のDHCで、カルチャーセミナー「映画の学校」の最終回。

 今回は「映画の未来」というテーマで、現在ハリウッドで起きている企業統合の動きと、製作から配信までのデジタル化、映画のパーソナル化の話をした。「映画の学校」はあらかじめ3週間分の講義内容を準備していたので、体調が悪くて準備時間が取れなくてもなんとか形にはなった。でももう少し時間があれば、より面白い話ができたかもしれない。まあこれはまた、今後の課題ということだろう。受講者のアンケートでは概ね好評だったので一安心。

 DHCのカルチャーセミナーは12月にも単発で1回予定している。題して「21世紀映画塾」。これは1回きりの講義なのだが、季節柄でもあるし、クリスマス映画やお正月映画の話をしようかなと思っている。

 

11:25 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2006.09.19

病院に行く

 風邪ひいて、喉が腫れて、熱が出で、咳も止まらないという話の続き。なにしろずっと治らない。土曜日にいつも行っている医者で新しい薬を貰ってきたのだがまったく症状の改善が見られず、かえって夜中に咳が出たときは、息が詰まって死にそうな思いをするほどだった。咳で息を吐ききっても新しい空気が吸えず、喉がヒューヒュー鳴ってじっとりと全身に脂汗。映画などによく出てくる、喘息患者みたいになってしまう。いや~、あの時はほんとに死ぬかと思いました。

 で、今朝も微熱があって咳が少し出たので、これまでの医者とは別の病院に行ってみることにした。今度は本格的にレントゲン撮って、血液と尿の検査もした。特に問題はないらしくて、新しい薬を貰って帰ってくる。今回はこの体調不良で、かれこれ医者に1万円ぐらい突っ込んでる。早いところ治ってくれないと、貧乏ライターとしては辛いところだ。とりあえず新しい薬を飲み始めたけれど、これで今夜は死にそうな思いをしなくて済むだろうか……。

11:55 午後 | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック

2006.09.18

牛丼復活祭

Yoshinoya

 吉野家が1日限定で牛丼販売を復活するというので、錦糸町の吉野家まで食べに行った。金曜日にテレビ局のスタッフから電話があって、
「今回は行きますか?」
「特に予定はしてませんけど」
「他に何か予定はありますか?」
「別にありませんけど」
「それならぜひ!」
「そこまで言うなら……」
ということになったのだ。

 11時に錦糸町駅北口でスタッフと落ち合って、近くの吉野家に向かうともう長蛇の列。9時過ぎに猛烈な雨が降ったので心配していたのだが、この頃にはもう雨も上がっていた。行列のほとんどは弁当を買う人たちで、店内利用の客は店員の誘導に従ってそこから抜けて店に入るという形。行列の進み方は遅いのだが、結局15分ほど待って店内に入ることができた。

 今日は牛丼と牛丼弁当しかメニューがないはずだが、それでも店員は大声で叫びながらバタバタ走り回るばかりで、肝心の牛丼がなかなか出てこない。牛丼がなくなった2年ほどの間に、吉野家の店員からはすっかり牛丼提供のノウハウが失われていることを実感させられた。たぶんアルバイト店員のほとんどは、牛丼を売るのが初めてに違いない。そんなこんなで、席に着いてから牛丼(並)が出てくるまで5分くらいは待ったと思う。以前の吉野家では考えられないトロくさい対応だ。

 味に関しては、昔通りのあの味に間違いない。ただし今日は牛肉を煮込む時間が少なかったせいか、味にコクがなく、少し薄いような印象を受けた。店を出てからテレビのインタビューに答えて少し話をする。店の外は相変わらず長い列。やはり吉野家の牛丼というのは、日本人にとって特別なものなのだと痛感する。狂牛病騒ぎの後、他のチェーンはアメリカ産から他の牛肉に切り換えて牛丼販売を再開しているわけだが、そのとき店の前に行列ができたところがどこにある? みんな「牛丼」が食べたいわけじゃない。「吉野家の牛丼」が食べたいのだ!

 アメリカ産牛肉の危険性云々という話は、僕には正直よくわからない。吉野家で牛丼に使用している肉は牛肉の中でもごく限られた部位なので、いわゆる危険部位が混入する危険性はまずないだろう。そういう意味で吉野家の牛丼に限って言えば、危険性は限りなくゼロに近いのではないかな。もちろんそれでも、処理段階に飛び散った飛沫が混入して……などと言う人はいるわけだけれど、そこから先はもう確率論の世界だろう。

 アメリカの食肉処理場に、狂牛病が発症する月齢20ヶ月以上の牛が紛れ込む可能性はどのくらいあるのか。そしてその牛が、実際に狂牛病である可能性はどのくらいあるのか。それが検査で見逃される可能性、処理過程で危険部位が他の肉に紛れ込む可能性、それが日本向けに出荷される可能性、それが吉野家に割り当てられる可能性、それが自分の利用している店舗に出荷される可能性、自分が食べたその日の鍋に問題の肉が混入する可能性、そして実際にその肉から人体に害が生じる可能性はどの程度あるのだろうか?

 こうしたことを考えると、米国産牛肉の危険性というのはどの程度のものなのだろう。どうも僕には、米国産牛肉の危険性は大げさに報道されているとしか思えない。もちろん危険があればそれを報道するのは結構な話なのだが、その危険がどの程度の確率で起こりうるものなのかを考えないと、バランスを損なうのではないだろうか。この世の中に、絶対に安全な食品などそもそもあるのか? 残留農薬の問題は? 添加物の問題は? 遺伝子組み換え食品の問題は? アレルギーの問題は? 加工時の異物混入の可能性は? 米国産牛肉というのは、現在市場に出回っている他の食品に比べて格段に危険なものなのだろうか?

 吉野家の牛丼に人々が行列を作るというのは、日本人の多くが「アメリカ産牛肉はさほど危険ではない」という常識的なバランス感覚を身に付けている証拠なのではないだろうか。たかが牛丼に行列を作る人々を見て、バカバカしいと言うのは簡単。でもこの行列は「アメリカ産牛肉は危険だ!」と言い続けたメディアに対する、一般消費者からの異議申し立てなのではなかろうか。

 で、本日取材されたインタビューですが、夕方のニュースでほんの数秒使われてました。

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2006.09.17

観たら忘れる映画

 先日試写室で時々顔を合わせて挨拶するライターから、「服部さんのホームページで『赤い砂漠』と『魂のジュリエッタ』の感想を読んだ」と聞かされて、「それって別の人のサイトじゃないの?」と返事をした。どちらの映画も、僕は観た記憶がなかったからだ。ところが気になってさっき映画瓦版を調べたら、どちらもちゃんと観ているではないか。少なくとも映画瓦版に感想は載っている。ならば観ているのだろう。でも感想を読み直しても、まったく映画自体を思い出せない。つまりこの映画を観たことは観たのだが、すっかり跡形もなく忘れてしまったというわけだ。これじゃ「観てない」と勘違いするのも当然だ。

 映画には3種類ある。一度観たらずっと忘れない映画、しばらくすると忘れるが当時の感想を読み直したりデータやあらすじを読むと内容を何となく思い出す映画(思い出す映画)、そして完全に跡形もなく忘れてしまう映画だ。最後忘れてしまう映画については、自分で書いた感想を読んでもまったく何も思い出せない。2番目の思い出す映画は、映画を観た直後に印象に残っていた部分と、後から思い出す部分が食い違っていることがある。忘れない映画は、そうした食い違いがほとんどないのだけれど……。

 映画というのは一度観た後その記憶が意識の底に沈殿して、それがしばらくしてからまたプカリと浮かび上がってくるものなのかもしれない。映画瓦版の感想は記憶が沈む前に書いているので、浮かび上がった記憶とは別のものが記されていることも多い。忘れない映画というのは、もともと意識の底に沈みきらずに、意識の上をフワフワと漂い続けているのか。

 ここで勘違いしてはならないのは、忘れない映画が「いい映画」ではないし、忘れてしまう映画が「ダメな映画」でもないということだ。『赤い砂漠』や『魂のジュリエッタ』は映画史に残る名作だが、僕は現にすっかり忘れて、タイトルを聞いても観ていたことすら覚えていなかった。それに対して、結構つまらない映画について細かなことをいちいち覚えていたりもする。映画瓦版には10年以上前に書いた映画の感想が残っているけれど、その頃の映画はタイトルを見ればだいたいどんな映画だったか思い出せるしね。人間の記憶というのは不思議なものです。

11:56 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック