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2006.10.20

映画史の授業

真実の瞬間(とき) 今日の映画史の授業では『真実の瞬間(とき)』を観て、ハリウッドの赤狩りについて話をした。この映画はハリウッド・テンをはじめとする、赤狩りの実在の被害者たちをモデルにしている。この映画を観たあとで、『スパルタカス』の特典に付いているドキュメンタリー映画『ハリウッド・テン』を観ると、鳥肌がたつような迫力がある。『真実の瞬間(とき)』で日米活動委員会の議長が言い放つ「ノー、ノー、ノー、ノー!」という台詞の“実物”が聞けるのだ。赤狩りについては昨年の映画史でも取り上げ、いろいろと資料を揃えたり調べたりもしたのだが、今回は1950年代にこんなことがあったという事実だけを教えて、細かな人名や事件については割愛してしまった。

 『真実の瞬間(とき)』はハリウッドの赤狩りで起きたさまざまな出来事に取材し、ストーリー自体はフィクションになっている。これはサイレントからトーキーに移行するハリウッドに取材した『雨に唄えば』と同じだ。『真実の瞬間(とき)』の時代背景は1951年から52年にかけて。『雨に唄えば』が作られたのは1952年。MGMで明るく楽しい娯楽大作が作られている裏側で、赤狩り旋風が映画の作り手たちを苦しめていたのだ。

1950年前後に起きたのは赤狩りだけではなく、独占禁止法によるスタジオシステムの崩壊もあれば、テレビ放送の本格化もある。ハリウッドは赤狩りで優秀なスタッフを失い、テレビ放送に観客を奪われ、興行部門の分割でそれまでのビジネスモデル放棄を余儀なくされて、あっと言う間に衰退してしまったのだ。

 50年代はワイドスクリーンの時代でもある。1952年のシネラマ、53年のシネマスコープ、54年のビスタビジョン、55年のトッドA.O.など、巨大スクリーンの花盛り。授業では『西部開拓史』(シネラマ)、『聖衣』(シネマスコープ)、『ホワイトクリスマス』(ビスタビジョン)、『八十日間世界一周』(トッドA.O.)などをざっと観たあと、3D映画だった『ダイヤルMを廻せ』のドキュメンタリーを観て終了。いろいろ盛りだくさんでした。

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11:20 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2006.10.18

夜のピクニック

「夜のピクニック」INSPIRED BEST ALBUM 試写の案内をもらいつつ、観逃していた『夜のピクニック』を劇場で観た。朝一番の上映ということもあるが、館内には僕も含めて11名の客しかいない。まあ映画館なんてこんなものだよね。僕が劇場で年に200本ぐらい映画を観ていた10年ぐらい前は、こんなのが普通だった。懐かしい風景。映画は期待していたほどでもなかったな~。多部未華子めあてみたいなものだから、彼女さえ出ていればそれでいいという考え方もあり得るけど……。

 2本目は試写で、韓国映画『家門の危機』。これはまったく面白いと思えない。でも韓国ではヒットして、続編まで作られたそうだ。この映画自体が、『大変な結婚』とシリーズになってるみたいだけどね。

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10:37 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック