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2007.07.21

水筒を購入

 外出時の水分補給用に水筒を購入した。SIGGのアルミボトルで、飲み口にキャップが付いているタイプ。容量は0.6リットル。とりあえずは水を入れて持ち歩くつもりなのだが、場合によってはスポーツ飲料のようなものの方がいいのかも。あるいは水に自然塩を少し溶かしておくとか……。去年まではステンレス魔法瓶を利用していたのだが、大きさの割には容量が少ない(僕が持っていたのは200ccぐらい)のが欠点だった。今回購入したアルミボトルは保温保冷機能がないのだが、まあそれはそれとして、必要なら保冷用のボトルカバーでも購入しようと思う。

 今回他にも適当なボトルがないかいろいろ調べてみたのだが、同じようなアルミボトルにはラーケンがあって、値段はこれの方がちょっと安いかな〜という印象。キャップ付きのものもあるので、結構迷ったけど、付属品の入手が容易そうなので今回はSIGGにした次第。(実際にはどうなんだかよくわかんないけどね。)

 僕が自転車用に使っているドイター・スーパーバイクはハイドレーションシステム対応なので、いずれはそれ用にプラティパスのボトルとドリンクチューブでも購入するかもしれないけど、とりあえずは普通の水筒の方が汎用性は高そうだ。普通のバッグの中にも放り込んでおけるしね。

01:18 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2007.07.20

久しぶりの試写

「春のちょっとだけ全国ツアー~まだまだだぜ AKB48!~」in 東京厚生年金会館 午後は松竹で試写を2本観る。1本目は原田眞人監督の新作『伝染歌』。女子高生たちの会話シーンなどは相変わらず生き生きしていて面白いのだが、細かな政治批判(というより社会批判かな)などが少し鼻につくことも。それより問題なのは、この映画がホラー映画であるにもか関わらず、まったく恐くないことだろう。ジャンル映画としては、まったくの失敗作。これは秋元康の原案が悪いのかもしれない。映画のコンセプトとしては、秋元プロデュースのアイドル・ユニットAKB48主演の、アイドル映画という面もあるんだよね。その範囲内で、原田眞人は自分の趣味を全開にしている。例えば過去の様々な映画の要素をちりばめてあるのだが、クライマックスの音楽はもろに『デッド・ゾーン』。鏡のシーンは『上海から来た女』というより、『燃えよドラゴン』だなぁ……。

 2本目はイラン映画『オフサイド・ガールズ』。すごく低予算ぽい映画なんだけど、すごく面白い。イスラム原理主義国家であるイランでは、公共の場所で男女が一緒になることを禁じる規制がいろいろとある。サッカーの競技場もそのひとつ。ワールドカップ予選を観るため競技場にもぐりこんだ女の子たちが、警備の軍人たちに捕まったあとどうなるか……という映画なのだが、女の子たちや軍人の会話がすごく面白い。特に大きな事件が起きるわけでもなく、ドラマチックな展開があるわけでもなく、それでいて会話の端々からそれぞれのキャラクターが浮かび上がってくる。

07:54 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2007.07.19

ウェストバッグを購入

アスリート ウェストバック 5639215 グレー エース 自転車用にウェストバッグを購入した。自転車用のバッグとしては現在すでにドイター スーパーバイクを持っているのだが、これは学校に行くとか試写に出かけるなど、荷物がある程度かさばる時は確かに便利。しかし自転車に乗ることだけが目的で、ちょっと出かけるときには大げさなのだ。ウェストバッグなら背中も楽だし、財布や手帳や携帯やデジカメなどの小物類もすぐに取り出せる。購入したバッグはペットボトル用の専用ポケットもあるので、飲み物の補給も楽になる。たぶんスーパーバイクを利用しているときも、小物類はこれに入れて併用した方が楽だろうな。

 ウェストバッグはレザー製のものを愛用しているのだが(イタリアのTHE BRIDGEというブランド)、これは自転車で使うにはちょっと重い。重量もあるけれど、イメージが重苦しい。今度のウェストバッグはナイロン製なので、自転車で少し出かけるときには重宝しそうだ。

02:58 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

段ボール肉まんはヤラセ

 最初から何かヘンだと思いましたが、やっぱりね……。盗み撮り風の演出になってたんだけど、業者の顔がカメラのフレームから外れているし、そもそも偽物業者がああも簡単に手の内をバラしてしまうというのが不自然だったように思う。しかしこれ、本当にヤラセだったのかな〜、という、うがった見方が出来なくもない。北京の露天は報道を受けての風評被害で売り上げが激減したらしい。(なぜかそれが、まったく無関係な横浜中華街にまで飛び火したというから驚きだ。)報じられた違法業者は警察の捜査でも捕まらなかったと報じられていた。風評被害と警察の権威失墜に業を煮やした当局が、「そもそもそんな業者は存在しない」「段ボール肉まんそのものが嘘」とすることで、事態の収拾を図ろうとしているんだったりしてね。中国だから、その辺はなんでもアリのような気がする。

06:24 午前 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2007.07.17

ヘルメットは何だ?

 新潟でまたもや大地震。テレビを見ていると現地からのレポートをするスタッフが、ヘルメットを被っていることが多い。でもこれって、どんな意味があるの? テレビをよく見ているとわかるんだけど、ヘルメット姿のレポーターがインタビューしている現地の人たちは、ほとんどの場合、ヘルメットなんて被ってないんだよ。避難所の屋外からのレポートで、そもそも上から何かが落ちてくるような可能性などまったくなさそうに思える場所でも、レポーターはヘルメットをはずさない。要するにこれは、「私は今、危険な現地からレポートしております!」というアピールや雰囲気作りなんじゃないの? 実用性から言えば、あのヘルメットには意味がないよ。

 テレビは崩れた家屋をことさらクローズアップするわけだけど、崩れていない家屋もたくさんあるのです。レポーターがヘルメットを被って深刻そうな顔でレポートし、地震の瞬間をたまたま撮ったVTRや、余震に恐れおののく人々の姿を繰り返し放送していると、結局それは、実際の被害以上に被害を深刻そうに、大げさに、拡大して、誤った方向に印象づけてしまうんじゃないだろうか。

 似たような印象は、政治家が現地視察をするときの作業着姿からも感じられる。普段から作業着を着ている人が、作業着姿で作業をするのは構わない。消防隊員や自衛隊が、被災地で救助活動をするにはもちろん作業着(制服)が必要なのだ。でも政治家が、パリッと糊のきいた真新しい作業着で現地に乗り込むのはどんなもの? どうせ彼らは、現地で何の肉体作業もしないわけでしょ? いつもどおりの背広姿で、現地に入る方がいいような気がするけどね。

 あと気になったのは、テレビの司会者がことさら紋切り型の表現で、現地の人々がひどく困窮しているような解釈をすること。僕が特に気になったのは、子供たちが笑顔でインタビューに答えている様子を、「無理に明るく振る舞っている」と解釈する人がいたこと。でもそれは、子供たちが本当に笑顔なんじゃないの? 子供にとって、天変地異という大事件は、これまで出会ったこともない一世一代の大イベント。むしろ近所の人が総出でキャンプをしているような、楽しい時間なんじゃないかな。

06:08 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2007.07.15

年金は税方式にするしかない

 民主党は以前から基礎年金部分については税方式でと主張していて、自民公明の政府与党はそれに反対している構図。しかし僕は、政府がなぜ保険料方式にこだわるのかが理解できない。保険料方式の国民年金は、もはや制度が破綻していることが明白だろうに。選挙間近ということもあって今朝も政党間の討論番組があったのだが、そこで与党側が出している保険料方式のメリットは、世代間扶養という考えは正しいということと、保険料という形で加入者の権利が確保されるということに集約されるようだ。国民年金という制度ができたときは、子供が親を扶養するというのが日本社会の常識だっただろうし、制度が存在しないところに新たな負担を強いる制度を作るにあたっては、増税をするよりは保険料という形をとる方が理解を得やすかったのだろう。それはわかる。

 でも現在、そもそも「世代間扶養」という制度が国民の理解を得られているのか? 世の中の年寄りの多くは、「年取ったからといって子供たちの世話にはなりたくない」と(本気か強がりかは知らないが)言っている。子供の頃から「あなたの世話にはならないから」と言われて育った子供たちは、最初から老親の世話をするつもりなんてない。親は親、自分は自分で、勝手に生きて勝手に死ぬしかないと思っている。日本が核家族化した結果、これは必然的にそうなってしまったのだ。

 子供が親を扶養するという日本の美風を、国家が制度として肩代わりするのが年金制度だ。しかし国家が一度それを肩代わりした結果、日本からは「子供が親を扶養する」という美風そのものが消滅してしまった。年金制度はその存在によって、自らが依拠する日本の常識を破壊してしまった。止めどなく少子化が進んでいる現在の日本で、今さら「子供が親を扶養する」というかつての美風が復活するとも思えない。

 保険料を支払うことで受給の権利を確保する、という考え方も問題だ。これは裏を返せば、「年金は受け取るつもりがないので、保険料も支払わない」という考えに容易に結びつく。昨今の年金不信によって、若い世代は「どうせ自分が年寄りになったときは、年金なんて受け取れない」と思っている人も多い。年金保険料を真面目に払っても、年金受給という権利はなし崩しに消えてしまうと考えられているのだ。(年金の受給年齢がどんどん引き上げられている現実は、こうした考えが一部正しいことを示している。)「年金なんていらないよ」と開き直ってしまった人たちに対して、どうやって保険料を払えと言えるんだ?

 厚生労働省や社会保険庁は盛んにPR活動をして、少しでも年金保険料の納付率を上げようと努力している。でも一時は95%ほどあった国民年金保険料の納付率はどんどん下がって、現在は6割ほどに落ち込んでいる(参照)。これをどうやって、かつての水準に引き上げるんだ? 通常の方式では、もう無理だろう。そんなものは、普通の感覚を持っている人になら誰にだってわかる。

 結局のことろ、年金財源は保険料方式から、税方式に切り替えるしかないだろう。消費税を少し上げて、その分を目的税化するしかないんじゃないの?

08:54 午前 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック