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2008.04.22

元少年に死刑判決は出たけれど

 光市の母子殺害事件で元少年に死刑判決が出た。日本に死刑制度がある限り、これはこれで「当然でしょ」と思うわけだけど、テレビでしきりと加害者を「少年」扱いしているのはとても気になる。犯行当時は確かに18歳と1ヵ月だったかもしれないけど、彼も今は27歳だよ。犯人をいつまでも少年扱いすることで、この事件について考える視聴者の気持ちはどこかマヒしてしまうのではないだろうか。

 この被告は今回の差し戻し裁判で「押し入れにはドラえもんが住んでいる」だの「性行為をすれば死人が生き返る」だのと奇妙奇天烈な主張をし始めたわけだけれど、その主張の奇怪さは、この被告が既に18歳の少年ではなく、20代半ばのいい年した大人になっているという事実と照らし合わせることでより一層明確になると思う。でも報道では一貫して、彼は「元少年」なわけだ。裁判の過程を報じるテレビ番組では、解説員やコメンテーターが「元少年」から「元」を取って、「少年」と略してしまう。これではまるで、今でも裁判を受けているのが18歳の少年のようではないか。

 「犯人の少年が」と言うのは簡単なんだけど、これはやっぱりよくない。被告は現在27歳で、犯行当時に18歳だったというだけのこと。それがちゃんとわかる、何か別の表現というのものはないものなのかなぁ……と、今回のニュースをテレビで見ながら思ったよ。

 この死刑判決は確定したわけではなく、被告がさらに上告して最高裁まで話が持ち込まれることはまず確実。(上告棄却されそうな気もするけどね。)しかしまあ、今さら新事実だの何だのが出てくる余地はないだろうから、この判決は遠からず確定判決になるだろう。その際は、ぜひとも各報道機関に、この被告の実名報道をお願いしたいものです。

 僕自身は死刑廃止論者ではないけれど、死刑が国家による殺人であることは間違いないと思っている。主権在民の民主主義国家において、国家の主権者はひとりひとりの国民だ。つまり我々ひとりひとりが、死刑判決を受けた人間を殺しているのだ。この「殺し」の是非は、いろいろと意見があるだろうからここでは論じない。しかしひとつだけ言えることは、自分たちの手でひとりの人間を殺そうとしているときに、相手の名前も顔も知りませんというのはずいぶんと失礼な話ではないかってこと。社会の平和と安全のために、ひとりの人間の命を奪うのなら、その命の尊厳を守るためにも、死刑を執行される人間の名前ぐらいは明らかにしておくのが筋というものだと思う。

 というわけで、この問題には今後も注目。

01:22 午後 | 固定リンク

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