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2008.04.13

『靖国 YASUKUNI』について

 各地で上映中止になっているだけでなく、妨害行為を恐れて公式サイトにすら上映館が掲載されていないという異様な事態。新聞マスコミはこの映画に登場する刀匠や靖国神社が内容に抗議していると報じていたりして、しかもそれに一言の解説もコメントも付け加えていないから、「ドキュメンタリー映画といえども取材対象が抗議したら内容を変更するのが当たり前だ」などという無茶苦茶な意見がまかり通っていたりして、まあ困ったものだ。

 ドキュメンタリー映画にしろニュース映画にしろ、編集済みの作品なり放送用テープなりを、いちいち取材対象者に見せることもなければ、そこから映画公開や放送の了承を受けたりすることもないよ。そんなの当然じゃん。先日俳優のチャールトン・ヘストンが亡くなったけど、彼の晩年に自宅まで突撃取材したマイケル・ムーアは、『ボウリング・フォー・コロンバイン』を事前にヘストンに見せて了承を取ったか? あの映画に登場する自分自身の姿に、ヘストンは満足していたとでも言うのか? 常識的に考えて、そんなわけないじゃん。『ボウリング・フォー・コロンバイン』ではマイケル・ムーアが銃撃事件の被害者を連れて大型スーパーを訪れ、そこでカメラを回しながら銃被害者とスーパーの広報担当者のやりとりを延々撮影するシーンも収録されている。あれは事前に、これこれこういう取材をするとスーパー側に了承を取ったのか? そんなこと、してるわけないじゃん。マイケル・ムーアの『華氏911』は政治的に変更しているけれど、それがあの映画のドキュメンタリーとしての価値を下げているのか? そんなわけないじゃん。

 1989年だから、今からもう20年近く前のことだけど、当時社会問題化していたオウム真理教の被害者たちのため、精力的に活動していた坂本弁護士をTBSが取材したことがある。ところがオウム真理教側はこの事実を知ると、TBSに抗議して取材テープの閲覧を求めた。で、TBSはこれに応じて取材テープをオウム真理教側に見せたばかりか、抗議に屈して坂本弁護士の取材インタビューを放送中止にしてしまったのだ。この直後に坂本弁護士一家はオウム真理教の幹部たちに拉致・殺害されてしまった。今回の『靖国 YASUKUNI』に対して「取材された側が抗議しているのだから映画を修正するのが当然だ」と言う人たちの理屈で言うならば、この時のTBSの対応は何ら非難される必要がない行為だということになる。

 もちろんTBS事件はジャーナリズムの問題であり、『靖国 YASUKUNI』はドキュメンタリー映画の問題だから同一の基準では語れない。ジャーナリズムは客観報道が原則だが、ドキュメンタリーに客観性など不要だ。(ただしテレビ放送用のドキュメンタリーについては放送法の基準があるので、ある程度の客観性が求められることになる。)ドキュメンタリー映画というのは作り手の思想を観客に伝えるために、フィクションではなくアクチュアルな素材を用いる映画ジャンルなのだ。そこには客観性など不要なのだ。

 今回の問題については、報道の自由や表現の自由という問題をからめて、主として「報道」の側から意見や反論が出されているようだけれど、それ以前の問題として「ドキュメンタリー映画に客観性なんて不要だ」という当たり前のことが、もっと主張されてもいいような気がする。

 映画『靖国 YASUKUNI』については、国からこの映画に対して助成金が拠出されていることを問題視する意見もある。しかしこれも、僕に言わせりゃアホな話だ。助成金というのは映画の企画に対して出すものなんだから、映画が完成してから「こんなはずじゃなかった」と言っても遅いよ。そんなことを言うくらいなら、最初から映画製作への資金助成なんてしなけりゃいいだけの話。映画が出来てから「今回の映画は助成対象としては不適当だから金返せ」なんて、みっともないことを言うなってことだ。そんなことを言うくらいなら、最初から映画の製作段階では金を出さず、映画が完成してから、その作品の内容をチェックして金を支払うという形に制度を改めるべきだろう。(そんなもの、助成でも何でもないけどさ。)

 ちなみに僕は今回『靖国 YASUKUNI』を観てません。アルゴ・ピクチャーズからはずっと試写の案内をもらっていたんだけど、ここ数年で何度か転居を繰り返すうちに最近は途絶えてしまったな……。せっかくなので劇場で観てみようと思ったら、公式サイトにも公開劇場の案内がないという困った状態になっている。

 というわけで、今回はドキュメンタリー映画についての原理原則論。まあ一般の人が報道とドキュメンタリー映画の区別も付かないままあれこれ言うのはわからぬでもないけれど、マスコミまでが両者の区別をしないのはどうかと思うけどね。まあ一般のマスコミも、両者の区別はよくわからないのかもしれないけど。これは映画専門誌であるキネマ旬報あたりに、今回の騒動についての取材と大々的な特集記事の掲載をお願いしたいところだ。

06:53 午後 | 固定リンク

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