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2008.10.29

テレビを見るとバカになる

 昨日の映画史の授業で話した内容。授業では特にテレビに限らず、映像には人の思考能力を停止させてしまうパワーがあるという話をした。人間は外部からの情報を五感で受け取り処理しているのだが、そのうち8割は視覚、1割は聴覚からの情報だとも言われている。映画やテレビなどの映像情報は、この両方に働きかける。その圧倒的な臨場感に、人は太刀打ちできない。人は目の前にある映像情報が何を語っているのかを受け止めるだけに掛かりきりとなり、その映像がなぜ、どんな意図で作られているのかまで考えることがなくなってしまう。人は映像の前で考えることをやめる。つまりバカになるのだ。

 でも原因はそれだけじゃない。

 一般的な日本人は、小学生の頃から学校で文章の読み書きを習う。大切なのは文章を「読む」ことと「理解」することは別だということ。文章を読むだけなら、文字さえ読めれば誰にでも読める。ノーベル賞学者が書いた学術論文を、小学生が「読む」ことは可能なのだ。ただ読むだけならば。しかしそれは、書かれた内容を「理解」することとは違う。そんなことは誰だって知っているはずだ。小学校以来の国語の授業というのは、要するに「読む」ことを「理解」に結び付ける訓練をひたすらやっていたわけだ。だから日本人のほとんどは、「読む」ことと「理解」との間にある隔たりを知っている。ノーベル賞学者の学術論文を読んで、それが自分にはまったく「理解」できないことを認識することができる。

 しかしながら映像については、誰もそうした訓練を受けていないのだ。そこでは「見る」ことが「理解」したこととイコールだと思われている。でも「見る」というのは、単に目の前の文章を「読む」こととじつは何も変わらないのだ。「読む」ことがそのまま「理解」とイコールではないように、「見る」ことも「理解」とイコールであるはずがない。だがそれが、ほとんどの人にはわからない。映画を見て、テレビ番組を見て、それで自分はその内容を「理解」したと思っている。

 映像についても「見る」ことと「理解」することは別だということを、多くの人が自覚しなければならないのだ。映像を「見る」だけでなく、それを「理解」するためのスキルを身に着けるべきなのだ。これは最近、メディア・リテラシー教育という形で少しずつ教育現場にも取り入れられていると思うのだが、まだ試行錯誤しながらおっかなびっくりやっているだけ。

 現代人は文章を読む機会や時間と同じくらい、あるいはそれ以上に、映像に触れて暮らしている。ならばその理解能力を、子供の頃からちゃんと訓練しておくべきなのだ。小学生に読書感想文を書かせるなら、映画やテレビ番組についての感想文も書かせるべきじゃないだろうか。

12:55 午後 | 固定リンク

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テレビを見るとなぜ馬鹿になるのだろうか? 視聴者は馬鹿だから、こんな程度でもいい... 続きを読む

受信 2009/05/29 15:56:15

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