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2009.06.28

MJが「スリラー」で起こしたPV革命

ビデオ・グレイテスト・ヒッツ~ヒストリー [DVD] 1950年代にR&Bやロックが登場した頃、プロモーション活動の中心はラジオだった。レコード会社はラジオ番組に積極的に売り込みを行って、自社アーティストの楽曲を放送してもらっていた。このあたりの事情は、8月に公開される『キャデラック・レコード 音楽でアメリカを変えた人々の物語』という映画にも描かれている。ポピュラーソングはラジオから生まれ、そこでスターになった者は映画に出演し、あるいは当時出始めたばかりのテレビに「出演」して演奏したり歌ったりした。プレスリーやビートルズがエド・サリバン・ショー(1948-1971放送)に出演したエピソードは、今では伝説になっている。やがて放送メディアの中心はラジオからテレビに移る。音楽番組も増えて、多くのアーティストがそれに出演していた。1970年代には多くの音楽番組が製作され、歌手たちはそれらの番組に次々出演していった。でもすべての音楽番組が、歌手の「出演」を求めていたわけではない。なかにはラジオと同じように、歌手のレコードを使って楽曲だけを放送しているものもある。でもテレビだから、楽曲を放送している間の「絵」が必要だ。テレビ局は当初それを、ジャケット写真で間に合わせていたが、間もなくレコード会社は放送用の映像素材を提供するようになる。アーティストがレコードの楽曲に合わせて、さも歌っているように口パクしているわけだ。プライベート映像風のものもあれば、コンサート映像風、録音スタジオ風、テレビの音楽番組風のものもあった。PVはテレビ時代の必然的な需要を満たすために生み出されたのだ。こうした初期のPVは、例えばカーペンターズのDVDなどで今でも見ることができる。

 マイケル・ジャクソンの初期PVも、もちろんこうしたものからスタートしている。だが1982年に発売したアルバム「スリラー」から最初にシングルカットされた同名曲で、それまでのPVの常識を完全に打ち破ってしまう。そもそもPVというのは、レコード音源を放送するテレビ局が、その時間内の画面の空白を作らないための埋め草なのだ。楽曲が放送されている間、アーティストが口パクしてればそれでいい。楽曲が5分なら、5分間の映像を作ればそれで良しとされていた。ところが「スリラー」は、アルバム収録の楽曲が6分弱にもかかわらず、PVが倍以上の14分もあるのだ。これはPVに本来期待されている機能を、大幅に逸脱している。「スリラー」のPVには楽曲が収録されていない芝居の部分がたっぷりあるし、楽曲の間奏部分を大きく引き延ばしてダンス演出に振り分けたりしている。

 ここでマイケル・ジャクソンは、「レコードとPVは別の作品」というコンセプトを打ち出したのだ。別作品だから、レコードと同じようにそれを市販してもいい。PVとその製作風景を収録した「メイキング・オブ・スリラー」のビデオは、家庭用ビデオの普及率が低かった時代にもかかわらず爆発的に売れた。レコード店や家電店の店頭では、「メイキング・オブ・スリラー」が繰り返し流されていた。

 マイケル・ジャクソンは「レコードとPVは別の作品」というコンセプトを、その後も他のPVで押し進めていく。「バッド」は楽曲が4分、ロングバージョンで8分だが、マーティン・スコセッシが監督したPVは16分もある。「ブラック・オア・ホワイト」は曲の前にイントロの映像があり、曲が終わった後もマイケルのソロ・ダンスが延々続く。PVが長くなれば放送される機会はそれだけ減るのだが、マイケル・ジャクソンはそんなことお構いなしに、意欲的なPVを次々に発表している。そのすべてがヒットしたわけではないが、マイケル・ジャクソンがPVを「テレビ放送用の映像穴埋め素材」から、アーティストのメッセージを発進する表現手段へと昇格させたのは確かなことだ。

05:42 午前 | 固定リンク

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